小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 オレたちバブル入行組 池井戸 潤 (2004)

【あらすじ】

 バブル期に東京中央銀行に入行した銀行マンの半沢直樹は、入行して16年目、東京中央銀行大阪西支店で融資課長になって働いていた。出世レースは何とか残っているものも、油断するとすぐ脱落してしまう位置。但しバブル崩壊後で支店の業績は悪化。支店長も出世指向の強い浅野に代わり、無理難題を押しつける。

 ある時浅野支店長は「全責任は自分が持つ」と言って、半沢に強引に命じて、新規の西大阪スチールから、無担保で5億円の融資契約を取り付けさせる。しかし、西大阪スチールは、粉飾決算が発覚し、融資からたった3カ月後に倒産してしまう。出世に執念を燃やす浅野支店長は、その全責任を半沢1人に負わせようする。半沢が出世レースから生き残るためには債権回収しかない。

 

【感想】

 作者の池井戸潤が(旧)三菱銀行に入行したのは1988年で、私が就職した年と同じ。実は私も三菱銀行の入社試験も受けていたが、非常に庶民的な私は、厳格な財閥系銀行の「格の違い」に圧倒されて、尻尾を巻いて逃げてしまいました(笑)。とは言え当時のバブル期の就職活動もちょっとは触れて、学生の「囲い込み」も経験したもの。今では考えられない、掟破りの「売り手市場」の時代でした。

 そのため「バブル入行組」の雰囲気はわかるが、半沢直樹の思考と行動は今ひとつ共感できなかった。そしてあの有名なドラマも、CMを観ただけでごめんなさいの印象で、一切観ていない。

 銀行に限らないが、大会社のヒエラルヒーはかなり重い。本社に対して支店という「ムラ」では、村長である支店長が絶対で、社員(行員)が「正論」を語れば相手も聞く、という世界ではない。また抵抗するにはそれなりの手順が必要で、とても「倍返し」できる状況ではない。真実が明らかになれば、それが水戸黄門の印籠のように相手がひれ伏す、というわけではない。当然、作者の池井戸潤も承知の上で、フィクションとしての「勧善懲悪」小説を描いている。

 銀行の場合は、40歳前後で明らかな選別が進む。高収入の中堅社員を出向させて、経費節減に努めた経営を行う。鎌田慧著の「東大経済卒の十八年」という作品は、団塊の世代が東大経済学部卒業してから18年を経ての状況を何人も追っている。その中で東大卒でも銀行に入行した人物は、既に出向を受け入れたものもいる。この作品と舞台は20年近く違うが、「経費節減」に努める銀行の経営事情は更に悪化して、「選別」も進んでいるだろう。

 

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*「東大経済卒の十八年」にも触れた作品です。

 

 そんな中で出世する人は、「運」とともにしなやかな対応が望まれる。浅野支店長のような「丸出し」の人物もいるが、大抵は出世する多くの人は、明るく、そして巧みに難題もくぐり抜ける能力がある。巡り合わせ、とも思えるが、作家の塩野七生小泉純一郎を評したように、本当に優秀なリーダーは、困難を事前に回避する能力がある

 とは言え同期5人がそれぞれの道を歩みながらも、銀行人生を続けていく様子は読んでいて感慨深い。また融資課長自らが5億の債権回収の走る様子は、具体的な様子も見せながらハラハラドキドキした。最後は収まるところに収まる形は、余りにも「手のひら返し」だが(笑)、やはり「勧善懲悪」の作品は安定感があって良い、との感想に落ち着いてしまう。

 半沢直樹を散々ディスってしまったが、実在の「半沢」さんは、見事頭取になった。テレビで観ただけだが、やはり胆力としなやかさを兼ね備えた人物との印象を受けた。池井戸潤が「半沢直樹のモデルではない」と言うのもよくわかる。

 ところで、就職活動の時「あの」控え室では、池井戸潤もそして「半沢」さんも居たのだろうか。おそらく2人とも「別室」で、特別待遇だったのだろうなぁ。

 

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*こちらは、同期4人が協力しながら出世していく物語でした。