小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 ガン新薬戦争 門田 泰明 (1981)

*時代を感じる表紙です。

 

【あらすじ】

 業界第2位の大洋製薬社長・田沢利兵衛は、ガン治療新薬の開発に執念を燃やし、ついに画期的な新薬「SM82」の完成が目前に迫った。しかし絶大な効果の反面、強烈な副作用が認められた。認可から販売を急ぐ利兵衛は、タブーを破って社が運営する太陽病院での人体実験を命じる。

 そんな矢先、利兵衛が搭乗した旅客機が爆発、田沢を支えてきた専務・江塚尚次も自宅で不審な死を遂げた。田沢の長男・真一郎が新社長に就任するが、海外旅行中、薬務省から呼び出しを受ける。

 

【感想】

 門田泰明は1979年デビュー。当初は本作品のように「医療業界」を題材にしたテーマを多く扱っていた印象を受けていたが、元々ハードボイルド風の作品も扱っていて、その後はSFや時代小説まで分野を広げて活躍している。

 デビュー間もなく上梓された本作品も、医薬品メーカーを舞台にしながら、「悪徳」政治家、「財界」との政略結婚、そして正義感溢れ、ボクサー経験のある「検察官」も登場させて、物語を進めていく。

 ちなみに大洋製薬の利兵衛社長が乗った飛行機が爆発するのは、その利兵衛を殺害することを目的としたもの。余りにも大げさと思うが、その2年後、大韓航空機爆破事件が起きている。そして2000年に上映された「ミッション:インポッシブル2」では、強力なウィルスとワクチンを飛行機で輸送中、金儲けを企んだ人物によってウィルスとワクチンを奪取されて、その飛行機を爆破するという、本作品をヒントにしたと思われる位(そんなわけはないが)「寄せて」きている。

 新薬製造には莫大な研究費用と、副作用などの調査も含めた時間が必要で、かつ「ものになる」新薬はほんの一握りと聞いたことがある。コロナのワクチンも世界の各社が鎬を削って開発を行い、成功したメーカーはおそらく名誉とともに莫大な利益を受けたであろう。日本では外国よりも副作用などの検査基準が厳しくどうしても他国のメーカーに対して遅れをとっているが、それでも1980年代に「薬害エイズ問題」が起きてしまう(専門家から見れば、別の問題かも)。

 本作品は、利兵衛社長が新薬開発に対して、副作用を除去するために人体実験を命じる刺激的なシーンを冒頭に描いている。初読の際は何とまあとも思ったが、開き直って考えると、新薬とはそういうものかな、とも思ってしまう。最終的には人体に効果があるかを確認しなければならない。

 結核ハンセン病の薬を開発していた丸山千里医師は、戦争の最中も新薬の開発を進め、ついに効果のあるワクチンを開発した。その治療過程で、結核ハンセン病患者にガンに患った人がいないことに気が付き、薬を開発して、末期患者に本人に同意を得て投薬して治癒する効果を確認する。1966年に論文を発表して世界では評価を受け、ガン患者のためにもと思い製薬会社に製造を依頼するが、1981年、本作品が発刊された年に「有効性が認められない」と承認されなかった。その後「丸山ワクチン」は、治験薬としての利用は続いているが、薬剤としては未だに認められていない。

 実はこの話は、本作品を読んでしばらくして、全く畑違いの「逆説の日本史」に書かれてある、丸山ワクチンが認可されない理由(文庫版第1巻37~49ページ)を読んで、本作品に遡ったもの。専門家による「縄張り意識」がどれだけ激しく、そして意地悪いかが書かれている。

    *丸山千里医師(1901-1992:時事通信社より)

 

 初読の際は、企業、政治、検察、男女問題といろいろと詰め込んで「純度が低い」と生意気にも思ったものだが、後から思うと、いろいろなものを先取りしていた作品だった