小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 バクテリア・ハザード(「ペトロバグ」改題) 高嶋 哲夫 (2002)

【あらすじ】

 天才科学者・山之内明が発明した「ペトロバグ」。それは、石油を生成するとてつもない細菌であった。世界の石油市場を根本から覆し、戦争にまで発展しかねない脅威を感じた石油メジャーとOPEC(アラブ)の双方から、山之内殺害およびペトロバグ略奪の指令が発せられた。さらにペトロバグが恐るべき細菌であることが判明し、その強力さゆえに人類の危機をも引き起こす可能性をはらんでいた。

 

【感想】

 高嶋哲夫は日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究員を経て米カリフォルニア大に留学した技術者。その知識から、日本を舞台としたクライシスを「あの手この手」を使って数多く作り出して作品を刊行している。ちなみに本作品を描く上で調べた細菌や感染症、そしてパンデミックの知識が「中国で強毒性新型インフルエンザが出現し、東京都心でも感染者が見つかったため、政府は都心と外部を結ぶ道路や鉄道網などを封鎖(ロックアウト)する」内容の「首都感染」となって2010年に上梓されて、コロナの流行を予言したと言われている

*パニック物を手がける「新たな予言者」高嶋哲夫の代表作。

 

 オイルショックから30年経過しても、日本は石油に対しての依存度と、「油断」に対する恐怖心は変化していない。「ペトロバグ」とはペトロリアム(石油)とバクテリア(細菌)を合わせた造語。石炭を石油に変える大発明を「天才科学者」山之内明が発明して、世界のエネルギー危機をひっくり返しかねない事態になるが、「保守派」の石油メジャーとか中東の石油関係者の思惑が絡んで命が狙われる。さらにペトロバグが人の体内に入ると人まで命を奪って石油に変えてしまうという恐るべき代物であることが判明して、人々の思いが錯綜していく。

 高嶋哲夫の登場人物は、余り媚びへつらう人物は登場しない。敵味方はいるが、それも立場や主義主張が異なるためで、目的は常に明確で、そのために真っ直ぐに描かれているのが多くの作品を通しての特徴と思われる。本作品の「パニック」は、人為的な「発明」が原因のため、地震津波、そしてパンデミックとは違い立場によって登場人物の目的が異なる。

 メジャーから雇われた殺し屋はその役割を果たすプロとして、OPECの人間もイスラム教の敬虔な信者として、アラーの神に刃向かう者を倒す役目を胸に刻んで行動している。そして石油メジャーはこの新しい発見を利用して、新たな世界征服を行う野望を隠そうとしない。対して襲われる側も、副作用の抑制のために寝るのも惜しんで研究に没頭し、また狙われたら命を呈して重要な「発明」を守ろうとする。

 この細菌は作者の高嶋哲夫が調べた通り、実際に研究されているらしい。実験段階でどこまで進んでいるかわからないが、この「ノーベル賞級の画期的な大発明」をすぐに謀略の方向に物語を進めていったのはちょっと残念。できれば「油断」のように、石油価格が廉価で安定した供給が可能になると、現代の産業構造にどのような影響を与えるかをシミュレーションして欲しかった。エネルギー産業への問題もあるが、地球温暖化への影響も避けられず、発明されて単純に良かった、で済む話とは思えない。

 原子力エネルギーを活用することも、東日本大震災による事故で抑制された。但し日本に資源がないことには変わりない。石油は百万年以上前からの生物の堆積から生じたもので、20世紀に入って乱獲が始まり、間もなく枯渇すると言われている。自然、生命、そして経済と、全ての問題を解決する人間の「知恵」が試されている

 

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堺屋太一が警鐘した状況は、21世紀になっても変わりません。