小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 管理職降格 高杉良 (デパート:1986)

【あらすじ】

 1980年代の半ば、銀座に大手デパートが次々と参入してきた。津川直二郎は、迎え撃つ側の銀座老舗の大松屋デパートで外商課長を務めるエリートサラリーマン。ところが2億円の商権を持つ大口ユーザーから取引停止通告を受けて、上司からは左遷を匂わされるなどの苦境に立たされる。部下は不正を働き、家庭では中学生の娘紀子が万引きで警察に捕まり、キャリアウーマンの妻は不倫に走ってと、八方ふさがりの状況に陥る。

 

【感想】

 1984年4月にプランタン銀座、同年10月には有楽町マリオンに西武有楽町店と有楽町阪急が同時オープンした時は、何とも華やかな印象で、野次馬で見に行ったもの。それはそのまま、デパート業界の競争が激しくなったことを意味する。1982年に起きた、三越岡田社長の愛人に対する利益供与に端を発する社長追放劇は、老舗デパートの信用を失墜させた。新たなデパートはその「死臭」を嗅いで「わんさかと」銀座に押し寄せて「銀座デパート戦争」が勃発する。

 その中で主人公の津川は苦戦する。ただでさえ三越問題で老舗デパート業界が逆風の折。清新な風をまとった新規デパートが次々と参入して、老舗にはない新たなCM戦略などで、顧客をどんどんと奪い取っていく。こんな状況で娘の万引き事件が起きるが、父親としても今まで子育てに関わらなかったツケが回ってうまく対応できず、主人公は「寝小便」を漏らすほど追い込まれていく(高杉良が別に取材した所で聞いた実話)。高杉良がミドルを描く時は、追い込まれた状況に陥るケースが多いが、本作品は「これでもか!」という位、艱難辛苦を与えている(「我に艱難辛苦を与えたまえ」と言った戦国武将が居ましたが・・・・)。

三越の「帝王」岡田茂社長と「女帝」竹久みちが凋落する物語。「なぜだ!」は流行語になりました

 

 高度成長期は売上も右肩上がりで、計画(ノルマ)をこなすのが当たり前。しかし時代は限られたパイの中での競争が激化するも、過去の成功体験がある上司は「根性論」を押しつけ、ミドルの居場所はますます厳しくなる。そんな中で仕事ができるが真面目な、普通のサラリーマンの等身大ともいえる主人公を描いて、普段ミドルが会社や家庭で置かれている立場の厳しさを、哀惜を込めて描いている。

 娘の紀子が起こした万引き事件は、両親の愛情不足を遠因として描いている。当時は家族を顧みないサラリーマンが多数で、専業主婦が多く、「カギっ子」という言葉がチラホラと出てきた時代。妻もキャリアウーマンで、ましてその妻が不倫中だった津川家では、子供は両親の愛情に接する機会がなく育つ。現在、夫婦共稼ぎは当たり前になり、子供の行事に休暇を取るのも当然といった風潮になったが、当時はまだそこまでの認知はされていない時代。

 いろいろと吹っ切れた津川は、娘と正面から向き合って話し合うようになり、娘が難関校の高校受験に合格して一緒に喜ぶ。最終章の「あした吹く風」(当初連載時のタイトル)は、ホームドラマのタイトルに感じられて、この救いようが無かった作品に爽やかな読後感を与えてくれる。

 一方デパート業界は、この後バブル景気で売上高が急増するが、その後バブルの崩壊に見舞われてどん底まで落ち込む。デパートの「存在意義」まで問われ、銀座では、有楽町そごう、有楽町西武、有楽町阪急、そしてプランタン銀座と次々と閉店し、現在残っているのは、銀座三越松屋銀座だけになってしまった。デパート業界は生き残りのために再編・集約化が進み、デパートに代わった大手スーパーもコンビニに押され、そしてネットショッピングへと小売業の「覇権」は移り変わる。

 その間津川はどのように生きたのだろうか。銀座で無事定年を迎えたのだろうか、それとも・・・・

 娘・紀子の成長とともに、本作品の続篇を見たい気持ちもあるが、バブル崩壊後のデパート業界を描くのは、いくらモデルがいないといっても、主人公の津川に酷だろうか。

 定年になって緊張感から解き放たれた津川が、社会人に成長した娘と一緒に、銀座を優雅に散歩している姿を見てみたい気持ちにかられた。

   *LIVE JAPAN より