小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 審査せず 伊野上 裕伸 (2001)

   Amazonより

【あらすじ】

 日新自動車のお膝元横浜で、ライバル会社大東自動車の販売代理店を立ち上げて、売上トップに押し上げた高原伸吾。その息子がフェラーリを気に入って保険に入る前に乗り込み運転して、相手が死亡する交通事故を起こした。販売店支社長は事故前に保険加入をしたとする「アフターロス」=「アフロス」を試みるため、メインでリーディングカンパニーの東方海上ではなく、融通が利くと思われた豊栄火災に契約を依頼した。高原は豊栄火災の実力派会長である光村正三とも懇意の仲だった。

 但し亡くなった被害者が開業医の息子で、自らも医者の免許を持つため莫大な慰謝料を求められる。社長の竹田則生はこれを機会に会社を近代的な運営を行い、実権を会長から取り戻そうと画策を図る。

 

【感想】

 本作品の副題は「溶解する損保」。損保調査員の経歴を持つ作者伊野上裕伸が、その経験から放火犯と損害保険会社を主題とした「火の壁」でサントリーミステリー大賞を受賞したのが1996年。損保業界を描くには専門的な知識も必要でなかなか難しいが、更にスケールアップさせたのが本作品。

 本作品の主題は「アフロス」と呼ばれる「裏技」の1つだが、他にも「メーター戻し」、「リミッター外し」、事故車の転売など細かい実例を描いている。一方では大物政治家の政界と財界の繋がりとその暗黒部分など、大きな話も絡ませながら、長年経営に君臨して莫大な資産を築いた会長と、学究肌で理想を求める社長との対立を描いている

 そのためか、主人公と思われる39歳、大学時代はテニスで鳴らした朝倉義彦の影が、残念ながら薄く感じる。地方の支社に左遷されたが(左遷された理由も言及していない)、2年経過して本社の自動車損害調査一課長に舞い戻り、今回の「アフロス」を担当する。但し実際の調査は、竹田社長から密命を帯びた警察OBの調査会社社員・杉野剛に移り、朝倉は杉野を紹介しただけで終わる。そのまま杉野の視点が続くため、朝倉は会長と関係のある女流画家の娘との不倫くらいしか(?)役がなくなってしまう(笑)。

 但し損害保険の調査と言うと、高杉良の名作「広報室沈黙す」で触れられているが、当たり屋や暴力団関係者からのごり押しによる保険金支払の要求など、なかなか難しい折衝が多い。そのため本作品で描かれているが、警察や自衛隊の出身を雇って対抗している

 

nmukkun.hatenablog.com

 

 物語は強引な商売を続ける販売店の高原伸吾と、その「刎頸の友」である光村正三会長を悪役として、理想主義の竹田社長がどのように「ワルの追い落とし」を図るかが軸となる。「ワル」側として会長の婿である奥山副社長も出てくるが、こちらもちょっと影が薄い。そして高原と絡む、一選抜で出世してきた朝倉と同期の中島営業一課長も、組織に翻弄される役割として描かれている。

 竹田社長の企みがいよいよ成就、と言うところで光村会長が巻き返しに図る。こちらも「広報室沈黙す」を初めとする、理想肌の社長と、実務で出世した会長との対立の構図、となっている。そしてたいがい、「謀略」面では会長が役者としての格が違うところを見せつける。この辺の展開は、政界での有名な事件を参考にして深掘りし、見所がある。但し丁度この頃から、損害保険業界でも合併が相次ぎ業界再編が進む。バブルで我が世の春を謳歌し、新宿に1企業とは思えない高層ビルを建て、高額の絵画を購入した損害保険会社。その後の展開が描き足りないのがちょっと不満。

 最終章「したたかな人たち」は、登場人物それぞれが、どのような進路を歩むかが書かれている。なかなか考え抜かれた選択もあり、見事な着地と感じた。その中であくまで1調査員として貫く杉野の姿は、作者自身を投影させたものだろう。