小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 広報室沈黙す 高杉良 (損害保険:1984)

【あらすじ】

 損保業界大手で将来を嘱望されている木戸徹太郎は、畑違いの広報課長に異動した。会社の内部は長期ワンマン体制で会社を牛耳る会長と、会長による会社の私物化を批判する現社長が対立している。副社長は会長の甥で次期社長の座を狙っていて、木戸課長の上司の部長は副社長にべったりで、手柄は自分に、失敗は部下に押しつけるタイプと、複雑な人間模様となっている。

 そのさなか、経済雑誌で会社のスキャンダル報道が報じられて社内は揺れる。報道に対して広報室の役割が問われ、その報道が社長追い落としを狙った内部リークだとわかったときから、木戸は企業の矛盾を一身に背負い込むこととなった。

 

【感想】

 (旧)安田海上火災保険をモデルにした小説。当時損害保険業界は我が世の春を謳歌していて、安田海上火災は1976年に新宿に「パンタロン」と呼ばれた高層ビルを建て、1987年には高額でゴッホの「ひまわり」を購入した。

 2002年に日産火災海上と合併、2014年に日本興亜損保と合併し、当時CMで「長すぎる会社名」と広告していたが、「損害保険(損保)ジャパン」に至った。バブル崩壊による営業基盤強化の必要性、売上の主軸だった自動車保険の需要が頭打ちになるなど市場が成熟化したことへの対応、そして金融自由化などで競争が迫られて、損保業界も再編が進んだ。

    

 *(旧)安田海上火災保険の象徴。本社ビルとゴッホのひまわり(共にウィキペディアより)

 

 広報室の役割は余りにも厳しい。社内は権力抗争が激しく、また広報への視線は厳しい。会社を批判する記事が出ようものなら、広報室の存在意義が問われる。一方で記者からは情報収集の動きが激しく、不祥事ネタの裏付けを取ろうとするが、敵に回さないようにしながらもうまくお断りしなければならない。社内と記者、そして大蔵省などにも挟まれて、初読の時は読んでいて息が詰まる思いもしばしばだった。

 今から思えば記者と社内(?)に挟まれる様子は横山秀夫の「64」、社長と会長の争いなどは山崎豊子の「沈まぬ太陽」、そして広報マンの役割は(なぜか)上田秀人が江戸時代初期の加賀藩を舞台にした「百万石の留守居役」と重ねてしまう。これもまた、古くて新しい普遍のテーマなのか。

*会社の面子から社員が間に挟まれる悲哀は、昔も今も同じ。

 

 広報課長としての仕事を全うすることで、「誰かの」利害に影響が出る。それをどう采配するのかは、課長の立場では余りにも権限が不足している。経営者側のエゴがむき出しとなり、企業の矛盾がなぜか広報課長に集中して押し寄せてくる恐ろしさ。そして最終的には、広報マンとしての筋は通したが、混乱の責任もあり左遷となってしまう。

 本作品の序盤で、損害保険会社の「影」として保険支払を強要する実例を克明に説明して、「損害調査」がいかに危険な仕事かと、損保業界の実態を紹介していたが、そこに結びつける展開は見事。この救いようのないストーリーで、バツイチ子持ちの木戸課長が、秘書室の女性社員との恋愛が進んでいく展開があって、息抜きとなって何とか読み進めていける。

 本作品の中で、新任の広報課長として、「広報の権化」に教えを乞う場面があり、広報マンの先輩が広報の要諦を説明する。10を超える内容は、「誠実」「努力」「勉強」「覚悟」「知恵才覚」「忍耐」「感謝」「健康」「家庭」などに及び、わかっていてもできない(笑)。「スーパーサラリーマン」のマニュアルとなっているが、その中で「こうほう(広報)を逆にしたのが(奉公)であり、社会に対する奉公が広報の基本」と述べている、代々の広報マンから受け継がれた言葉。

 本作品で高杉良は、ミドルにどれだけ重圧をかけることができるか、を想像して描いたと感じる。そのため主人公の立場は余りにも切ないが、多かれ少なかれサラリーマンはこのような立場におかれていることを、哀惜をこめて描いた。

*こちらもミドルが間に挟まれて、息をのむ展開でした。