小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 デパートへ行こう! 新保 裕一 (2009)

【あらすじ】

 加治川英人は失業して妻子にも見放され1人暮らし。仕事もなくなり手元のお金は143円しかない。絶望して思い出した、亡き母に連れて行ってもらった鈴膳デパートに忍び込む。

 閉店後のデパートには、なぜか様々な事情を抱えた人たちが集まってくる。よからぬ企みを持ってデパートに舞い戻る女性店員。その企みに感づく腹黒い社員。家出したがお金が尽きて食べ物と寝床を求めてやってくる若いカップル。傷を負いながらもヤクザと警察に追われている男。社内から突き上げをくらい、デパートの存続危機に対してどのように立ち向かえばいいのかがわからない社長。そして戦争の空襲でデパートに逃げ込んでからずっと現場の警備員を続けている老人と、もと社員の警備員。

 「お客さま」ではない人たちが閉店後のデパートに忍び込み、時間が経つにつれてニアミスし始めて、なぜか結びついて人生が交錯する。デパートの「もう一つの顔」の物語。

 

【感想】

 本作品で書かれているが、私が子供の頃はショッピングモールもファミレスもない時代。食事も贅沢と言えば「店屋物」と行って、近所のそば屋でカツ丼を出前してもらうこと。そして最高の贅沢は、横浜のデパートに行ってお買い物をして、お好み食堂で家族一緒に食事をすることだった。バブルの頃は就職の人気ランキングでも高く、同級生も何人かデパート業界に就職していったもの。

*「行こう!」シリーズの第2作

 

 そんなデパートが生活スタイルの変化とバブルの崩壊などで、どこも苦境に立たされる。そしてデパートも新たなスタイルを提案仕切れていない。昭和の時代には、家族の幸せの象徴だったデパートを新保裕一はちょっと「ひねって」描いた

 中盤までは、登場人物の1人1人の紹介のようになって、なかなか読み進めない。主役でもないのにこれだけの登場人物にいちいち関わる必要があるのかな、と思いながら読んでいくが、そこは流石に新保裕一。中盤からは、それまでの「種まき」を少しずつ回収していく。夜のデパートに集まった人たちが、それぞれニアミスを繰り返し、それが偶然にも人生と交錯していく。

*「行こう!」シリーズの第3作

 

 一番予想外だったのは若いカップルの内の一人の男性「コーちゃん」。最初は「冷やかし」の登場人物と軽く思っていたが、この人物まで作者は意味を持たせた。そして若く態度も怪しいが直線的な意見をまくし立てる。対してデパートを守ることに一生を捧げた警備員の半田良作は、自分の思いをぶつけて、彼の理不尽な行動を諭す。そして社長の矢野や、1文無しの加治川とも出会い、自分の思いを変えていく。そしてもう1人の「ユカ」もコーちゃんとは別にいろいろな人物と出会いながら、自分の思いを確かめていく。終盤になり、フルネームで自分の名前を名乗るところは、自分を確認した証なのだろう

 様々な立場の人が様々な思惑と後ろめたい気持ちを持って、夜のデパートに「忍び込む」。そこで偶然出会う人。ビックリするが、相手もなぜこんな時間にデパートにいるのか考えると、そこに共通項が生まれる。そんな共通項を持つ「初対面」の人との出会いが自分探しのきっかけになり、新たな展開を生む。そしてハートフルなエンディング。

 デパート業界を舞台にした小説は、昭和の時代は(三越・岡田)社長解任劇と、労働組合を舞台にした物語が有名で、ちょっと取り上げるのにためらった。そして映画化もされた有名な「県庁の星」があるが、新保裕一の「行こう」シリーズはどれも名作なのに、他の作品(「遊園地へ行こう!」、「ローカル線で行こう!」)は同業他「作」を選んだこともあり、ここではシリーズの第1作でもある本作品を取り上げた。展開は映画「有頂天ホテル」や古くは今野敏の「アキハバラ」を思い起こさせ、感動は東野圭吾の「ナニワ雑貨店の奇跡」か。

*「行こう!」シリーズの第4作は、軌道を外し(?)ました。