小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 QED 百人一首の呪 高田 崇史 (1998)

【あらすじ】

 百人一首カルタのコレクターだったサカキ・トレーディング社長、真榊大陸が自宅で何者かによって殺害されていた。その手には百人一首の札が握りしめられていた。関係者は皆アリバイがあり、岩築竹松警部が率いる捜査は難航する。岩築警部の甥でジャーナリストの小松崎は、警部から仕入れた情報を友人・桑原に話して事件解決を持ちかける。

 桑原は事件の概要に興味を示しつつも百人一首の方が気になる。そこで偶然再開した棚旗奈々と共に、百人一首に隠された秘密の解明を始める。そして解明された秘密が殺人事件と関係してくるのであった。

 

【感想】

 はるか昔、久米宏がMCをしていた頃の「ニュースステーション」をまったりと観ていると、百人一首と魔法陣の関係を解説した特集を観て、その論理展開に途中から釘付けになったことを覚えている。当時はネットもないので、テレビ朝日に直接電話して本の存在を聞くも、「ない」との回答。後に太田明著「百人一首の魔法陣」として1997年に出版されることになる(ちなみにテレビで放映されたのは1994年7月だったそうだ)。有名な織田正吉著「絢爛たる暗号」など、百人一首の謎に取り組んだ本も多く、カルタとしての百人一首は全く無縁の私でも、興味を覚えた。

  f:id:nmukkun:20220303114400j:plain *私が衝撃を受けた「古今伝授」の謎を解いた(?)本。

 

 本作品はそんな百人一首の謎を、ミステリー仕立てで解き明かす「歴史ミステリー」で私の大好物の分野。学問ならば文献や資料などに縛られ、また決定的な資料が見つからないと結論に至ることができない制約があるが、ミステリーとなると発想が縛られず、論理の飛躍も(多少は)可能。そして確からしい論理で説明すれば、それは一時的にも真理に近づくことができる。そして欠点は、決定的な資料が見つかると、それまでの論理は全く意味をなさなくなる(「写楽殺人事件」で触れました)。

 本作品は、まさに「絢爛たる」論理の展開。多少の日本史の知識はあった方がいいが、百人一首の歌を知らなくても十分楽しめる百人一首の選者である藤原定家の心理とその時代背景、そして歌の詠み手の人生を基にした推理を駆使して、「歌曼荼羅」を作り上げる過程は見事の一言。読み進めると「これこそ真実」と思い込んでしまう「論理の力強さ」がある。

 そして殺人事件も、歴史的知識を応用した展開で楽しめた。反対に作者の(本業とも言える)薬剤師や病気の専門的な知識にはついていけなかったけど(笑)。専門的な知識を組み合わせた作品だが、ヒロインの棚旗奈々のほっこり感や、シリーズで登場する奈々が勤める薬局の店主・外嶋の浮世離れしつつも、全てを見通したかのような鋭い意見は、ともすればコアな世界に陥りがちな内容に彩りを添えている。

 本作品は第9回メフィスト賞受賞作。その後「QED」は20冊を超えるシリーズとなり、歴史の謎や、謎とは言えない風習などを取り上げてその真実を解き明かす(そのためか、読んでいくと「現実」の殺人事件への興味が疎かになる傾向も否定できない。死者に対し、衷心からお悔やみ申し上げます)。

 その中でも特に「初期3部作」と呼んでいる、本作品と「六歌仙の暗号」、「東照宮の呪」は秀逸。

 七福神六歌仙の関連を導き、そこから古今和歌集の選者・紀貫之の想いを解く「六歌仙の暗号」。

 三十六歌仙絵巻から繋げて、江戸時代の怪僧・天海僧正が仕組んだ「深秘」を暴く「東照宮の呪」。

 

 しかし、本文中でも主人公がなぜ薬学部にいるのか不思議がられていたが、作者の元々の専門は何? (題名も「QED:証明終わり」だけど、これに「理系ミステリィ」のレッテルは貼れないよね)

   

   f:id:nmukkun:20220303114530j:plain 百人一首の「謎解き作品」の端緒となった名作。