小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 火車 宮部 みゆき (1992)

【あらすじ】

 本間俊介刑事は、捜査中銃撃を受けて、現在はリハビリに励んでいた。そんな時、死別した妻の親戚にあたる栗坂和也が訪ねて来て相談を受ける。栗坂の婚約者だった関根彰子が、突然連絡が取れなくなったという。交際中にクレジットカードを作成するように勧めたら自己破産していることが判明し、問い詰めたところ消息不明になってしまった。

 本間は彰子の勤務先を訪ねたが、手掛りは掴めない。そして彰子の自己破産を担当した弁護士に会って話しを聞くと、栗坂の婚約者とは素行も性格も一致しない。そこで会社から調達した写真を見せて確認すると、弁護士は「違います」と答える。栗坂が「関根彰子」と信じていた女性はこの世にはおらずに、別の誰かが彼女になりすましている疑惑が浮上する。

 

【感想】~以下はネタバレがあります。未読の方は興をそがれる恐れがありますので、ご注意ください

 時代のニーズを見事に「撃ち抜いた」作品。貸金業法(いわゆる「サラ金規制法」)が施行されたのが1983年だが、その後1990年に始まったバブルの崩壊で株価は半分に落ち込み、その傾向は1993年まで続く。不動産下落によって住宅を高値で購入した人や、バブル時にカードで浪費を重ねた人が、収入が減少して支払いが頓挫し、また貸し剥がしによって一家離散や破産に追い込まれていった時代。日本経済が完全に萎縮してしまい、その波に翻弄された人たちの1つの情景を見事に切り取った。

 その1人「関根彰子」の本名は新城喬子。サラ金規制法前に父親が住宅ローンの支払いに苦しんで夜逃げ。その後も過酷な労働と膨らむ金利に耐えきれず、現在も行方不明の状態。母親は現実逃避から違法薬物に手を出し、逃亡中に亡くなってしまう。そして喬子は、当時女子高生で恵まれた美貌もあり、取立業者から売春を強要されたために、全国を転々として行方を眩ますことになる。たどり着いた三重県で、資産家の息子に見初められて結婚するが、そこで戸籍から住所がばれてしまう。取立業者が婚家まで押し寄せたために、喬子は身を引き、離縁することになる。

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 *ドラマは上川隆也佐々木希が演じました。

 

 そこで喬子は「入れ替わり」を決意し、通販会社に「入れ替わる適当な人物」の個人情報を入手する目的で就職する。同僚を誘惑してまで情報を入手しようとした喬子。そして入れ替わりを実行するために殺人(未遂)まで手を染める。喬子の心の内は最後まで明かされないが、一度掴んだ幸せが奪われる経験を「破産」という悲劇で描く作者の巧みさ。主人公がどのような思いで犯罪に手を染めてしまったのか、想像するに余りある。

 借金問題は自己責任もあるが、喬子は自分で借りたものでも、(連帯)保証人になったわけでもない。また父親も住宅ローンがきっかけであって、浪費を重ねたこともなく、ただ真面目に生活していたに過ぎない。借金問題の多くは、真面目に暮らしていた人が、仕事、病気、家族の問題などのいくつかが偶然重なることが原因となり、重い複利金利のために抜け出せなくなるもの。そこに当時の借金問題の根の深さがあり、業者の執拗な取立がそんな悲劇に輪をかける。ちなみに本作品と同年、映画「夜逃げ屋本舗」が上映されている。

 本作品を読むと、どうしても松本清張の傑作「砂の器」と「ゼロの焦点」を連想する。ともに主人公は地位や名誉のために、自分の過去を消そうとするのがテーマで、そのために犯罪に手を染めてしまう。清張は社会問題に直結した動機を絡めて見事に描いているが、本作品は1人の女性が、地位や名誉ではなく、ささやかに生きていくために犯行に及んだ設定が光る。そして苦労して入れ替わった女性が、カードローンで自己破産していた皮肉。

 その後サラ金規制法は徐々に改正を重ね、(おそらく)当時のような執拗な取立は受けないで済む状況になっている。但しここに至るまでには、大勢の「喬子」が存在していた。

 

*同じ年に公開された同じテーマを描いた作品。