小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 学生街の殺人 (1987)

【あらすじ】

 津村光平は23歳。大学を卒業したが定職に就かず、学生街のビリヤード場でアルバイトを続けている。ビリヤード場の同僚で、脱サラして従業員募集の張り紙を見てアルバイトに採用された28歳の松木が何者かに殺された。調べを進めると光平の過去が明らかになっていく。そして起こった第2の殺人は、被害者が光平の恋人有村広美。マンションの通路には死角になる場所がなく、第1発見者の悲鳴を聞いて階段を駆け上がった光平の目に触れず犯人が逃走することは不可能という密室状態だった。

 広美は堕胎していたことを光平に告げていた。過去には自殺未遂を起こし、また将来を嘱望されていたピアノを突然止めている。そして自分が友人を経営しているカフェバーを毎週休んではどこかに出かけている、謎の多い女性だった。そして狭くさびれた学生街でまた殺人が起きる。

 

【感想】~以下は未読の方は興を削ぐ内容も触れています。犯人の名前やトリックの内容等は伏せていますが、ご注意ください。

 

 学園もの3部作、と言っていいのだろうか。高校、大学と来て、本作品は大学を卒業したが何をしていいかわからない若者を主人公としている。「卒業」の主人公は体育会系の加賀だったが、主人公の設定をガラリと変えている。津村の心情が「元は正門前だったが、正門の位置が変わったため」学生の足は遠のき、店の数も以前の1/4以下に減ってしまった寂れた学生街と、よくマッチしている。学生街は人が集まり、そして必ず去っていき、また新しい人に入れ替わる。その「必然」から取り残された主人公。

 そして恋人の有村広美。前2作も影を持った女性を登場させていたが、今回は過去に隠された秘密を持つ謎の人物として、時間軸を与えている。また第1の殺人の被害者も脱サラをして、わざわざ寂れた学生街にあるビリヤード場でアルバイトをしているやはり謎を持った人物。人物造形に深みが加わっている。

 有村広美は以前交通事故を起こして、少女を死に至らしめてしまった過去があった。その原因はピアノの発表会に遅刻しそうだったため。轢き逃げ事件で捕まることはなかったが、そのためピアノを弾けなくなり、父の紹介での職業が刑事の縁談相手との結婚も断る。事故の罪滅ぼしのたえに毎週1日休んで養護施設でボランティアをしていた時に知り合った医師の斎藤と恋人になり子を宿すが、斎藤は広美が轢いた少女の担当医師だったことを知りショックを受けて堕胎し、自殺未遂を起こす。

 そして第一の被害者である津村の同僚は、元システム会社の社員だったこと、産業スパイとして、あるメーカーの機密情報を売っていたが、そのスパイ契約を盾に今度は相手を脅していたことが判明する。

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 広美の死は事件に巻き込まれただけのもの。ではなぜ巻き込まれたのか。その理由が判明すると津村の心が動く。現実を知り、社会を知ることで「大人になる」意味を感じるようになる。

 恋人の秘密にしていた過去を知り、そんな痛ましい過去を抱えながらも広美は生きてきた。人は大なり小なり秘密にしたい過去を抱えて生きている。津村はそんなことを鄙(ひな)びた学生街で知ることになる。

 事件の前までただ漠然と日々を送っていた津村。事件を通して社会で生きていく厳しさや辛さを垣間見ることになり、自らのモラトリアムに決着をつけ、自分の目指すものを探すため再び大学に入り直すことを決める。それも1つの決断かもしれない、しかし私からすれば、津村には、自分の力で生きていくのはどういうことかを知ってもらうためにも「就職」して欲しかった思いが残る

 学園もの3部作。現在の東野作品から見ると洗練されているとは言い難く、ここに未来の国民作家の姿はまだ見られない。私も社会人になって忙しかったせいもあり、東野作品からはここで一時離れてしまいました。