小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 卒業(卒業―雪月花殺人ゲーム改題) (1986)

【あらすじ】

 加賀恭一郎は卒業を五カ月後に控えた国立T大学の4年生。高校時代からの仲間の1人、牧村祥子が自宅のアパート、密室状態の中で、カミソリで手首を切って死んでいた。状況から自殺と考えられたが、日記が4日前から止まっているため、4日前に何かがあったのだと警察は考える。また加賀も疑問に思い、同じく高校時代からの友人である相原沙都子と調査を行う。

 そして高校時代の茶道の師匠に祥子の死を報告する。後日師匠の茶の席で加賀を除いた仲間6人が「雪月花之式」にちなんだカードゲームを行い、茶を飲み菓子を食べる順番を決めてゲームを進めると、2番目の犠牲者が毒殺されてしまう。

 

【感想】

 初読の時は、主人公の加賀恭一郎がこのままシリーズキャラクターになるとは、全く想像できなかった。しかもこんな長い期間、東野作品を支えていくとは・・・・ 剣道の全日本チャンピオンという設定だが、それならば当然別の道があるだろうし(警視庁に就職はアリだが、それこそ剣を極める「別の道」)、体育会系バリバリで、寮生活でなかなか部外の仲間とも会う自由時間もないはずの人物を探偵役とは、極端な設定をしたものだなと思って読んでいたことを思い出す。

 そんな「ひねくれた」読み手の感想は脇に置いて・・・

 本作品も仲間内での事件。第1の事件はまた密室と謳っている。当時は「密室」という言葉がミステリーのアクセサリーのような(?)時代でもあり、「呼び込み」のように使っていた。そのトリックは「理系」出身の作者ならでは。理系ミステリーという言葉が社会的地位を得るのは(得たのか?)世紀末だが、東野圭吾は自身の出身を活かして、親和性の高いミステリーと理系をうまく(何とか?)結びつけている。

 そして第2の殺人で行われる「雪月花ゲーム」におけるトリックこそ「理系作家」の面目躍如。アリバイトリックでさえ苦手な私、チャレンジしたけど到底歯がたちませんでした。こんなトリックを思いつく(もしくは利用する)犯人の頭脳は相当なもの。「正直に」社会人になっても、犯人はどの分野でも成功したのではないかと思ってしまう。

 本作品もトリックだけでなく、犯行の動機も考えさせられる。卒業を控えて、今まで学生という身分に守られた存在が、社会に出ようとして就職活動などで壁にぶつかりそして悩み、社会の洗礼を浴びる頃。そんな時に高校時代からの仲間やその恋人たちが様々な葛藤を抱えながら進路の選択をしていく。

f:id:nmukkun:20210914070305j:plain

 

 第1の事件は、ミステリーとしては意味が乏しいが、その背景を考えた時に暗い思いに襲われる。男と女の想いがすれ違い、女性は「美しいもの、純粋なもの、嘘のないもの」が破壊されたため、心の奥に秘めた真実を表に出すことができない。これは前作「放課後」で登場した女子高校生たちが4年後になって迎えた、社会の洗礼を前にして判断した1つの選択である

 第2の事件とも共通しているのが、ともに事件の動機に「男のエゴ」が関与していること。当時はまだ女性進出が叫ばれてなく、男が社会に出て出世していくのが当然と思われた時代。そのため、男は卒業を前にして様々なものに別れを告げて、もしくは「清算」していく。そして女はどうするのか。主人公の加賀は恋人に告白して、そして「玉砕」する。東野圭吾は男性のエゴで起きた事件の最後に、女性がケリをつけることでバランスを取った。

 ちょうど本作品が発刊された年に、いわゆる男女雇用機会均等法が施行された。それから年を重ね、今ではなかなか成立しない設定のような感じがする。しかし読んだ当時はちょうど大学を卒業して間もなくの頃。再読すると、当時のほろ苦い気持ちが思い出された。