小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 秘密 (1998)

【あらすじ】

 自動車部品メーカーの工場に勤務する杉田平介は、妻・直子と娘・藻奈美と3人平凡に、そして幸せに暮らしていた。そんなある日、直子と藻奈美がスキーバスでの転落事故に遭い、妻直子は死亡、娘藻奈美は奇跡的に一命をとりとめる。ところが藻奈美が意識を取り戻すと、藻奈美の体に宿っていたのは、直美の意識であることが判明する。

 平介はこの驚くべき現象に途惑うが、この事態を周囲に気付かれないように、父と娘としての生活を始める。しかしこの偽りの生活は、藻奈美の体が成長するにつれて夫婦とも苦しい状況になっていく。そして、2人が限界を迎えようとした時、藻奈美の体から直子の意識が徐々に消え、藻奈美の意識が戻ってくるようになる。

 

【感想】

 最初は意識の入れ替わりがテーマと思い、映画の名作「転校生」の二番煎じと思っていたが、これほどの「傑作」とは想像できなかった。同じテーマの「君の名は」と同じく、先入観が良い意味で裏切られた作品。同じテーマを扱うにしても、後追いする方はただでは終われない。また本作品では、意識の入れ替わりについても様々な考察をして、「ある日突然」的なものではない説明を加えているのが東野圭吾らしい。

 本作品の元は、短編「さよなら『お父さん』」だが、そのテーマは「妻の心が宿った少女とのセックス問題」というユーモア小説。それもまた東野圭吾らしい作品だが、本作品でもその問題を巧みに絡めた上で、更に「飛躍」させている。

*こちらの作品で広末涼子東野圭吾も、「格」が上がりました。

 

 1つは新しい夫婦の関係。妻は若くなり、新しい人生、新しい青春を謳歌するかのように見える。対して夫は、娘の姿をした妻とのセックス問題で悩み、我慢することになる。そして他の女性に心を奪われることもあるが、妻の手前「不倫」もできない。新たな人生を無駄にしないように、目標を持って勉強に励んでいる様子に疎外感を覚え、高校生の「妻」に恋人ができて強烈に嫉妬したりする。

 もう1つは交通事故の問題。普通なら入れ替わりというテーマのきっかけで終わる話だが、そこに事故を起こした側の親子の事情を描いて、物語に深みを与えている。本来は憎むべき加害者側だが、その事情を聞くことで平介は現在の夫婦のジレンマについて見つめ直し、「娘」の幸せを考えるようになる。

 そして妻・直子。徐々に意識が消え、娘・藻奈美の意識が蘇って来る過程は、ハラハラの連続。夫・平介と共に喪失感を感じて、避けられない悲しい運命を深く思う。妻・直子も運命を察知して、最後に2人の思い出の場所、山下公園に行く場面は、東野作品でも「分身」のラストと並ぶ名場面として描かれている。

 これだけでも素晴らしいのに、さらに「どんでん返し」をこの作品で持ってきたのはもう脱帽。恥ずかしながら感涙を禁じ得なかった。「何度読んでも飽きない名作」とも言われているが、私は1回しか読んでいない。とてもではないが再読できない、心に刻み込まれた作品になっている。

 東野作品としては珍しく時間軸を長くとった、ミステリーの範疇を超えたファンタジーであり、叙事詩そして妻の内心が吐露されない「秘密」を思うと、読み手はこの上ない余韻に浸ることができる

 つまり一言でいうと「傑作」。但し傑作はこれだけでは終わらない。

 

 機は熟した。時間軸を長くとり、主人公の内心を見せずに、そして今までの東野圭吾の集大成とも言える奇跡のような「傑作」が、この後もうひとつ生まれる。

 

*新たな映像は志田未来佐々木蔵之介(2011)