小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 りら荘事件  鮎川 哲也 (1958)

【あらすじ】

 埼玉県と長野県の境近くにある、証券会社の社長が所有していた「りら荘」。社長は恐慌で持ち株が大暴落しりら荘で自殺し、その後日本芸術大学が買い取り、学生のリゾート用として開放していた。

 同大学の学生男女7名がりら荘を訪れ、その夜のパーティーで、メンバーの2人が婚約発表して参加者を驚かす。翌日りら荘に警官が訪れ、りら荘のそばの崖下で死体が発見されたと知らされる。死体にはメンバーの1人の持ち物で、今朝失くしたというレインコートが被されていた。そして横には死を意味する札、スペードのAが置かれていた。更にスペードの2が郵便受けから見つかり、第2の殺人が起きる。事件は連続殺人の様相を呈し、次々と被害者が増えていく。

 

【感想】

 連載開始が1956年で2年後発刊された。1956年(昭和31年)を鮎川哲也的に言えば「黒いトランク」が発刊された年であり、日本社会的に言えば「もはや戦後ではない」と経済白書に記述された年で、これはもう歴史の一部である。時代を感じされる差別的な用語も使われているが、内容は「新本格派」の作風で驚くほど新鮮なものになっている。「本格派の闘将」と言われた作者の、本領を発揮した作品。

 学生たちが別荘に集まる設定は、綾辻行人の「十字館の殺人」や有栖川有栖の初期3部作、そして今村昌弘の「屍人荘の殺人」など溢れかえっている。またトランプで殺人を予告する手がかりは「そして誰もいなくなった」と重なる。松本清張もまだ活躍以前の時代に、このような時代を先取る「バタ臭い」本格推理小説が生み出されていたのには驚かされる。その結果、若きパズラーたちが憧れ、そして目標にした存在となった。

 

 まず芸術大学の学生という設定が意味深い(実は登場人物を芸術大学の学生にした「伏線」があるのだが、それとは別に)。当時は日本がまだ貧しかった時代で、芸術大学の学生というと、金銭的に恵まれて一般からみれば「浮世離れ」したイメージ。昭和31年に学生がリゾート用の館に集まりパーティーをしているのは「上級国民」の家庭のみだったはず。

 死体は何と7体。別荘に集まった学生が7名だが、管理人や学生と共通の知人なども殺される。また学生の内1名は事件当初から東京に出ていて不在で、途中で戻って来ている(何で殺人事件の舞台に戻って来るのか、そして警察がなぜ許したのか、読んでいて不思議だった)。また1人は容疑者として逮捕されるが、拘留中にも殺人事件は続いて、容疑者は絞られるはずが、あちらが立てばこちらが立たず。

 そこで警察もお手上げとなり、東京から探偵を呼び出して捜査の協力を依頼する。この展開は島田荘司の「斜め屋敷の犯罪」と瓜二つ。そしてやや奇矯な人物が最後に現れて事件を一機に解決する姿は、若き日の御手洗潔そのものである(やって来るまで、ちょっとタメるのも瓜二つ)。

 真相は積木細工のように技巧的で複雑。計画と偶然が重なり合い、学生達の思惑が入り乱れる中で論理的な破綻なく事件を解決さてせるのは見事。しかし「清張以前」、海外ミステリーがまだ簡単に読める状態でなかった時代に、軽薄に見える若者達が集まって「動機が希薄に見える」殺人を繰り返す小説を、当時の社会はどう見たのか想像がつく。そのためか、結局この「早すぎた」名作も一度絶版の憂き目にあっている。

 けれども「本格推理」の松明(たいまつ)はかすかながら受け継がれた。この松明を頼りにして若者達が新本格派のムーブメントを起こす。そして若者達は先駆者である作家鮎川哲也と本作品に敬意を表して、報われない時代に灯した「松明」に対しての「オマージュ」となる作品を次々と発表した

*一度絶版された後、現在では様々な出版社から刊行されています