小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 虹を操る少年 (1994)

【あらすじ】

 ごく一般家庭に生まれた光溜(ミツル)と呼ばれる少年。その少年は幼少期から天才の片鱗を見せていた。クレヨンで書いた冷蔵庫の絵は、何色ものクレヨンを駆使して色の配合率を完璧に再現したものだった。1度耳にすれば内容を理解してしまい、教師からも疎まれる程その学力は他を圧倒するものだった。そして平凡な両親は、ミツルが成長するにつれ、彼の存在を恐怖に感じるようになってしまった。

 ミツルが高校生になると、深夜に毎日家を抜け出すようになる。両親がその後を追ってみると、廃墟となった音楽ホールで、ミツルは「光楽」と彼が名付けた光と音による演奏を行っていた。音楽に合わせて様々な光が点滅を繰りかえす「光楽」を聞き入る観客は皆ミツルと同世代と思われる若者ばかりで、彼等の表情は一様に恍惚としていた。その後、ミツルは活動の場所を広げ、次第に「光学」の認知度が高まっていくと、その人気は留まることを知らず、社会現象と呼ばれるまでに成長した。

 しかし、異変が起きだしたのもこの頃からだった。初期メンバーと呼ばれる廃墟で「光学」を楽しんでいた者たちに禁断症状が発生してしまった。そして、その力の大きさを知った大人たちは「光楽」阻止に動きだし、その魔の手がミツルに忍び寄っていく。

 

【感想】

 ミステリーではなく、SFファンタジーのような異色作。ただ読み始めると本作品はまるで「光楽」のように魅せられてしまう。少年が自らの力で、既成概念に縛られた大人の世界に対抗していく作品は以前から数多くある。例えば本作品の前に連載されていた漫画「翔丸」は、1人の若い天才が、不良高校に敢えて入学して2日で学校を制圧し、そこを拠点として社会を全て心服させて日本制覇を成し遂げるストーリー。

 そして「天才」を表現する方法は東野流。単に記憶力がいい、だけでなく、色彩感覚が非常に鋭いところを、白が基調の冷蔵庫で表すのはよく考えられているな、と思う。対比して平凡な両親の描き方もいい。浮気までしている父親の姿まではどうか、と思うけど、これも色々な意味で象徴的に思える。

 ではミツルはどのように「発生」して来たのか。天才と言っても人間の範疇であり、遺伝子の関係で「神の視点」から見ると、「ちょっと頭の回転が早い」「少しだけ筋力が優れている」「顔の造作が整っている(?)」程度の違いなのかもしれないが、「凡人」から見るとその少しの差が大きく、憧憬の目になる。さらに想像を膨らませれば、アーサー・C・クラークの名作「幼年期の終わり」に現れる新しい存在、山田正紀がよく描くミュータント(突然変異)の姿、そして最近では高野和明の傑作「ジェノサイド」で登場する「今まで見たこともない姿」など、現在の人類から進化した存在に至る(一番わかり易いのは、森博嗣作品に登場する、真賀田四季でしょうけどね)。

 

 作家・井上夢人との会談で、色彩や光についての専門分野の話が盛り上がったという。東野圭吾は本作品で、井上夢人は「オルファクトグラム」で嗅覚が目に見える世界を描いて謎を追うミステリーにした。そしてマンガ「スペースコブラ」では視覚と聴覚を入れ替えることができる相手と戦うストーリーがある。そんな数々の名作が頭をよぎりながらも読み進んでいく。

 そんな光と音が奏でる、まるで麻薬のように人の心を掴んで離さない「光楽」に集まる若者も具体的に描いている。社会に不満を持つ暴走族グループ、受験勉強をしていても集中力が続かない学生、家庭の問題で自殺をしようか悩んでいる中学生。社会の矛盾の中でもがく子供たちを描いて、彼らが「光楽」に魅せられていく。

 対して大人は概して保守的。新しいものには抵抗し、現在の社会構造に対しての「変革」を恐れる。そんなストーリーを「光楽」という創造物で描き上げたのは、見事と言うほかない。本作品は、当初は少年少女用に書かれたとされているが、とてもそうは思えない。

 そして主人公の内面を表さない描き方。「あの傑作」を作り上げる「習作」の意味合いも持つ。