小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 パラレルワールド・ラブストーリー (1995)

【あらすじ】

 並行して走る電車のドア越しに出会う女性に恋をしていた敦賀崇史。大学院卒業とともに出会う機会を失ってしまったが、職場を共にする親友三輪智彦から紹介された彼女、津野麻由子はあの電車に乗っていた女性だった。

 一方、ある日目覚めた朝に、麻由子は自分の恋人として朝食を作っている姿があった。時折断片的に思い出される過去が、現実には繋がらない。並行する2つの奇妙な世界に迷い込んでしまった崇史。そして行方が分からなくなってしまった親友智彦の謎を探り出し、この「パラレルワールド」から抜け出そうと試みる。

 

【感想】

 題名と内容から、途中まで村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を意識して読んでいたが、東野流の味付けによって作品の内容は独自の「双曲線」を描いた。そういえばこの頃から、蘇り的なもの、記憶喪失や記憶の改編、タイムスリップによる繰り返し現象など、記憶に関する物語やドラマがたくさん世に出てきたような気がする。世知がない時代の現実逃避なのか。それとも「新本格派」作家たちの影響か。

 そのためか、「画期的な発明」が作品で紹介されても、素直に読み進んでしまった。今まで東野圭吾は、研究内容を極力リアリティに基づいて描いていたが、本作品については発明を「飛躍」して完成させている。とは言え研究職の仕事や会社内での人間関係などは、リアルに描くことを忘れてはいない。

 「パラレルワールド」は、過去の断片的な記憶と現在がつながらない自分の不安と「自分捜し」がテーマの1つであり、「変身」で描いたテーマを、形を変えて描いた。ロサンゼルスに派遣されて最先端の技術を学ぶ、会社から将来を嘱望された研究者。そして想いを募らせていた女性と一緒に暮らして何不自由ない暮らしに見える。

f:id:nmukkun:20211218151501j:plain 映画「君の名は」より

 

 ところが居るはずの親友が居ない、1つの違和感が数多くの違和感に広がっていき、満足しているはずの「現実」の奥に潜む「真実」を探り当てようとする。そして「真実」が脳裏に蘇った時の驚愕。自分の親友への「どす黒い」、敗北感や嫉妬の想いが原因となり、親友を苦しめてしまったことを知る。そして東野圭吾が今回「飛躍」して設定した研究により、苦しんだ親友を生命の危機に追い込むことになる。

 「ラブストーリー」の方も名前ほど甘美な内容ではない。冒頭部分はアニメ「君の名は」のラストを思い出される「向かいの電車に乗る気になる子」的な場面。親友の彼女であることがわかりショックを受けるも、その後は一緒に暮らし、幸せな生活になる。その生活が偽りであることを知った衝撃。そしてこの原因もやはり、自分が原因であることを突きつけられる。その時に崇史に迫られる選択。より厳しい選択は既に智彦が選択している。ここで1度忘れた「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」で起こった主人公の選択の場面が思い出される

 記憶の改編。これは大変な技術かもしれないが、人間はどうしても嫌な事、忘れたいことを一杯抱えながら生きてきて、それが現在に続いている。綺麗ごとは承知した上で、現代社会では特に、厳しい現実を受け入れる強い心が必要なのだろう。

 そしてその想いを描くために、東野圭吾は現実の縛りから発想を「飛躍」させた。この点から見ても本作品はその後の作品形成に大きな影響を与えたと感じている。