小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 白夜行 (1999)

【あらすじ】

 1973年の夏、大阪のある廃ビルで起きた質屋殺し。何人もの容疑者が捜査線上に浮かぶが、決定的な証拠がないまま時は流れていく。当時小学5年生だった被害者の息子・桐原亮司と、ある容疑者の娘・西本雪穂は、何かを抱えながらもその後の人生をそれぞれに歩んでいくかに見えた。しかし、2人の周囲では一見関連性のない不可解な事件が次々と起きていく。

 

【感想】

 なぜこのような作品が出来上がったのかが不思議。頭を絞って作った作品と思えず、ビートルズの名曲「イエスタデイ」がポール・マッカートニーの夢の中に現れたように、東野圭吾の頭の中に「降りて」きたかのよう。

 元々は短篇連作の形式だったという。それも興味深いが、私のような凡人では、この長い作品を一気に読まなければ全体像は掴めない。色付きガラスが1つ1つ組み合わされて、遠目からみて初めてステンドグラスの素晴らしい全体像がわかるように。

 物語の中で、足音を立てずに行き来する印象を与える桐原亮司と西本雪穂。その2人は決して交錯することはなく、また内面を吐露することもない。発端となる質屋殺しで、当時子供だった被害者の息子亮司と容疑者の娘雪穂に疑いをかけて追いかける刑事は「見事なコンビネーション」と言い雪穂の反応を見るが、それでも内心を出すことはない。この刑事が物語の見事な「補助線」となって、主人公2人の内面を読み手が推し量る視点の1つとなっている。

 

*映画の主演は堀北真希(テレビドラマの主役は綾瀬はるかでした)

 

 本作品は「秘密」で初めて使った手法、時間軸を19年と長く設定して、子供が大人に成長もしくは「化ける」様子を描いている。そして東野作品としては珍しく、その時代背景や社会情勢を克明に描写し、また刑事や探偵、そして事件に巻き込まれる友人たちからの視点から主人公を巧みに描いている。その描き方は、周囲を詳細に描いて、内心を見せない2人を「あぶり出し」で表現している印象。それはまるで、鮮明な風景写真の中で、2人だけが白く抜き取られたシルエットのように見える。その風景を2人の側から見ると「白夜の中を歩いている」ことになる

 なぜ最後まで2人は内心を見せないのか。幼少期の事件で、もしくは事件を起こす過程で「心」を失ったからか。そして心を失った2人がどんどんと「化けていく」恐ろしさ。それは刑事の巡懐のように「あの時に摘み取っておくべき芽」だったのか。そしてそれが、日本社会という養土に育まれて「悪い花」を咲かすことになる。

 啐啄同機(さいたくどうき)という禅語がある。卵の中のヒナは誕生のタイミングで中から殻を破ろうとし(啐)、親鳥もそのタイミングを見て外から殻を叩こうとする(啄)、そのタイミングが一致して初めてヒナは孵化して世に生を受けることができるという意味。

 東野圭吾はデビューからミステリーの範疇で様々な試みをしてきた。その中で最新技術を始めとする専門分野の勉強をして知識をため込み、ホワイダニット(動機)を始めとして、ハウダニット(手段・トリック)、フーダニット(意外な犯人)、そして叙述トリックなどを重ねて創作してきた。

 デビューからの創作過程において、殻の中のヒナはどんどんと育っていき、ついには中から殻を破ろうとする。そして「天啓」によって外からも殻を叩く。その結果、奇跡のような傑作が「孵化」した

 そしてそのことは同時に「国民作家」が孵化したことも意味する。

 

*韓国でも映画化されました。