小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース (御手洗潔:2018)

【あらすじ】

 京都の錦天満宮の参道にある鳥居。それは極端に狭くなった参道沿いに建物が並び、鳥居の左右に人がる両先端が両脇の建物に突き刺さるようになっていて、異様な景観となっている。1975年の冬、参道沿いで度々怪現象が発生し、クリスマス・イブの日に、鳥居が突き刺さる家の一方で殺人事件が起きる。

 1階でたこ焼き屋を経営する女性が絞殺死体で発見されるが、現場は完全な密室で、2階には娘が1人取り残されていた。そして奇妙なことに、少女のもとにはプレゼントが置かれていた。家族からは一度も貰ったことがないクリスマスプレゼント。少女はそれをサンタからの贈り物と確信する。そんなサンタが出入りしたとしか思えない奇怪な密室に、京都大学学生時代の若き御手洗潔が挑む。

 

【感想】 ~以下はトリックの「ヒント」がちりばめられていますので、未読の方はご注意を!

 相変わらず現実にあるものを結びつけるトリックはうまい。前作「屋上の道化師」では誰もが思い浮かぶことができるグリコの看板を利用した(内容はぶっ飛んでいたが(笑))。今回は京都・錦天満宮の鳥居を使っている。こちらも特徴的な建造物で、修学旅行で見た人も多いだろうし、ネットですぐに確認もできる。普通の作家ならば作品の中で状況をこしらえるものだが、島田荘司は「現実」にこだわる。

 「現実」を利用しているためか、登場人物の物語も一段と心にしみわたる。恵まれない幼少期を過ごした国枝少年。その成長過程から働き場所の雇用主と妻、そして娘との交流を描き、貧乏で幸薄い娘を自身と重ね合わせて思い入れが強くなる。御手洗潔が11年前の未解決事件を解明したと宣言したところから、物語は国枝の視点に変わるのだが、この構成は「最後の一球」と重なっている。

 そんなキャリアが、鳥居を「奇跡の橋」としてイメージできるのだろう。そして容疑者は自身が罪を犯していないにも関わらず、日本社会に絶望して心を閉ざし、真実を語らない。自分の境遇と重なる、幸薄い娘に初めて訪れたプレゼントの思い出を護ろうとして。21世紀にそんなストーリーは不自然になりがちだが、1975年という時代設定とともに、国枝の人生を描くことで説得力を持たせている。そのためか、「若い」御手洗潔も今回は奇行(?)は控えている。

 

 絶望から「心が氷みたいに冷えて、固く凍ってしまった」容疑者。真実の大切さを説くも日本の司法制度について文句を言われて反論できない弁護士。そんな中御手洗潔は「謎→解決の方程式が人類を幸福にする。探偵行動をするのはそんな魔法を信じているからだ」と自分の信念を述べている。冤罪事件などの社会矛盾と戦ってきた島田荘司。そんな戦いの中でも支援者や関係者など、個人の思いに焦点をあてて救いを見出だしているように思える。

 もう一つ信念を述べている。大学にこだわる予備校生に対して御手洗は「厄介な世界を生きていく技術や力、そして人を引きつける魅力は、すべて大学を出てから学ぶんだ」と言って、アメリカと比較した上で日本の受験制度を批判している。今回物語の視点をあえて「ぼく」と、おそらく本作品のみでしか登場しないと思われる人物にしている。この人物を通して若者に、過去の価値観が崩れ去った現代、イノベーションできない個人、そして組織は許されないと訴える。

 今回も容疑者の心を融かしたのは、幸薄い娘が立派に成長した「事実」と「思い」。クリスマスローズの挿話が効果的、そして感動的に物語をまとめている。日本全体が貧しかった時代から、バブルと通して貧富の差が激しくなってきた現代まで社会問題を世に問うてきた島田荘司。そんな島田荘司が辿り着いた、甘露(かんろ)のような作品。