小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 水晶のピラミッド (御手洗潔:1991)

今週のお題「読書の秋」

 春夏秋冬いつでも読書三昧の私の辞書に「読書の秋」という言葉はない。先を急ぐので、これにて御免!

 

【あらすじ】

 ビッチ・ポイント岬の先端にある「クフ王のピラミッド」を模した、上半分は透明な強化ガラスで作られている建物がある。松崎レオナも加わり、エジプト島で映画が撮影されることとなった。その撮影スタッフの中にいる、ピラミッドを作り行方不明になったと思われているポール・アレクスンの弟、リチャード・アレクスンがピラミッドに隣接する7階建ての円塔、地上30メートルの密室で「溺死」していた。

 状況も不可解なら、犯行時刻も不可解。検死の結果によると、彼は死後も映画撮影スタッフらとともに島を歩き廻っていたことになる。そしてもう一つ不可解なことがある。この付近では、それは裂けた口に鋸のような歯を覗かせる、直立した白い肌の鰐のような奇妙な怪物がこの周辺で何度か目撃されていることである。

 

【感想】

 何とも不思議な物語である。ついに700ページを超える分量となった。しかもその内1/3近くは事件とは関係のない、古代のピラミッド時代における物語と、タイタニック号の物語になる。

 では全く関係ないか、と言われるとそうではない。手塚治虫火の鳥」で、古代から未来まで常に現れる猿田彦か、「2001年宇宙の旅」で登場するモノリスのような、過去から現代にかけて普遍性を表す存在も登場させている(ここでは敢えて説明はしません)。そして過去と時代を交錯して紡がれる物語は、1988年に連載が終了した「火の鳥 太陽編」や、更に遡って光瀬龍の名作「百億の昼と千億の夜」、先にも書いた漫画「暗黒神話」を思い出した・・・・ そのいずれの作品もジャンルは「ミステリー」ではない。

 ピラミッドがなぜ作られたのか。「水晶のピラミッド」がなぜ作られたかという疑問もあるが、その回答を求めるために「クフ王のピラミッド」がなぜ作られたのかまで遡って説明している。タイタニック号では乗船した作家と考古学者がクフ王のピラミッドは他のピラミッドと構造が異なるので、用途も違うのではないかと語り合う。そしてエジプト編では、箱に閉じ込められた男ディッカと、それを助け出した少女ミクルの悲劇を描き、ピラミッドの「由来」が語られる。そして石岡から、現代判明しているピラミッドの「由来説」を次々と説明させている。

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 対して、現代に起きた事件は相変わらず魅惑的な謎を提示している。地上30メートルの密室での「溺死」。そしてそのトリック。「科学と学習」(これも今は古いww)などでカスッた知識があるので、ピラミッドのウンチクと合わせて成程と思わせる力と、読み手が島田荘司に対する期待に応える大技である。だが、今回はこの解決を最後には御手洗自身が切り捨てている。

 古代エジプトで繰り広げられる若い男女の悲恋の物語とその悲しい結末。そして大英帝国が華やかな時代に起きたタイタニック号事件の舞台で繰り広げられるピラミッド論争と独自の文明論の展開。更にそこに潜ませた現代の事件に繋がる根深い動機。作者がジャンルと分量に制約を受けず、縦横無尽に物語を展開させていて、「ストーリーテラー」としての思いを注ぎ込んでいる感がある。そしてそれが許される立場になったのだろう。

 最後に。前作で悲劇的な事件に巻き込まれたレオナ。外見が古代エジプトのミクルに似ているようだが、独りぼっちになった境遇も似ている。ディック役はというと当然御手洗潔となり、今回はレオナと一緒にスキューバダイビングまで試みているが、そちらの方は全く「唐変木」である。