小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 最後の一球 (御手洗潔:2006)

【あらすじ】

 地方で美容院を営む男性が御手洗潔の事務所を訪れた。母親が自殺未遂をし、何故そんな事をしたのか調べて欲しいという。調べると高利のローンの連帯保証人となったのを苦にしたもの。そのやり方はともかく、法律上は裁判でも認められる手順をとっているため、御手洗潔でも助けができない。ところが数日後、母親から、ローン会社は債権放棄したといる連絡が入る。訳がわからず絶句する御手洗。

 その頃、ローン会社の屋上から出火する事件が起きていた。事件の時は検察の手入れが入り、貸付稟議書など、捏造の疑いのある重要書類は全て屋上に緊急避難させていて、それらも全部燃えてしまったという。警察は放火の可能性も捨てきれないが、発火された手段が思いつかず、御手洗に知恵を乞いに来た。

 

【感想】

 いわゆる「サラ金」問題が落ちついた後、「日栄商工ファンド問題」が表立ったのが1999年。根保証による違法ギリギリの契約、法外な利息、そして過剰な取り立て問題。サンデープロジェクトなど報道系の番組にCM出資していたが、テレビを観ていたら日栄社長のインタビューが糾弾に突然変わり、そこから世間の風潮も一変したのを覚えている。金利については「同意」があれば許された時代。そこから利息制限法と出資法の間にあるグレーゾーン金利の問題となり、貸金業法の改正によりグレーゾーン金利は撤廃、過払い金返還訴訟の流れとなり、2020年に施行された新民法では、連帯保証人の制度は大分制限を受けることになる。

 そんな暗い話がテーマの本作品を、島田荘司は野球と絡めて描いた。【あらすじ】のあと、突然文章は元プロ野球選手竹谷の「手記」に変わる。自分の恵まれない家庭環境。貧困から抜け出すために唯一の特技であった野球に打ち込む姿。そしてその中でも「真の才能」を持つ存在がいることを知る。ライバルであり憧れでもあった、真の才能を持つ男、武智。自分は社会人野球で、そして契約金なしで何とかプロ野球の世界に入るも目が出ない「二流」の存在。対して同期入団の武智はプロで輝き続ける。そんな憧れの存在だった武智から、竹内の能力を見込んでバッティング投手として協力して欲しいと依頼を受ける。

 

 この辺の描写がすごく上手。本来プロの中ではライバルであるはずだが、プロの中であればこそ己とライバルの実力差が図れるもの。その差が努力で追いつくものかそうでないかも、長年の野球人生の経験で自然と分ってしまう。そして自分は二流であると「分」をわきまえた立場を受け入れる。

 そんな「真の才能」を持つ武智も、実は家庭で苦しんでいた。実業家と思われた父が、竹内の家族と同じ高利のローンに苦しんでいた。そこから「禁断の」野球賭博に関わり、ついに武智はプロ球界から永久追放になり、父は自殺する。

 全てを失った武智だが、同じ境遇の人たちを救えるチャンスがやって来る。猟銃で、重要書類を発火しようとするが、警察に阻止されてしまう。そこに偶然出くわした竹内。武智は竹内の並外れた能力、つまりコントロールを使って、自分の意志を「託す」。何の意味かわからない竹内は必至に考え、そして正解にたどり着く。自分の唯一の武器であるコントロールで発火装置を発動させる。

 最後の一球に込められた竹内の思い。それは二人の複雑な人生とその交錯、そして友情と憧れが生んだ奇跡。本作品は、殺人事件も大掛かりなトリックもないが、竹内という「二流」のプロ野球選手が成し遂げた奇跡、そして奇跡を成し遂げるためには、例えプロでは二流でも、どれだけの努力が必要かを丹念に描いている。島田荘司作品に有していた「業」を洗い流したような作品である。 

 なお本の表紙は2種類取り上げました。高校球児の表紙もいいですが、冒頭にある、汚れたボールの中に1球だけ浮かび上がる白球も、本作品を読むと意味深に感じます。