小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 魔球 (1988)

【あらすじ】

 昭和39年、春の選抜甲子園大会。進学高ながらもチームを引っ張り甲子園に導いた「天才」エース須田武志。9回裏二死満塁の絶体絶命の状況で、彼は「魔球」を投げた。その魔球は見事な軌道を描くがキャッチャーは捕球できず後逸、チームはサヨナラ負けを喫した。その後、女房役だったキャッチャー北岡が刺殺体となって発見される。目撃者も少なく捜査が難航していた時、別の誘拐事件との関連性が指摘され、二つの事件を繋ぐ一人の人物と「魔球」の存在が浮かび上がってくる。

 

【感想】

 東野圭吾、幻のデビュー作。「放課後」の前年に江戸川乱歩賞に応募して、最終選考まで残った作品。その後改稿(特に舞台を当時の昭和60年頃から、昭和39年に変えている)して本作品になったためその作品とは異なるが、「デビュー作」らしさが残っている印象を受ける。

 冒頭の甲子園での絶体絶命の場面で須田が「俺の好きなようにしていいのかい?」と尋ねた言葉は、同じく二死満塁の状況で作新学院江川卓がチームメイトから言われた言葉と被る。江川は目一杯直球を投げ込んだが、力んだためか高めに大きく浮きボールとなってサヨナラ負けになる。また同じような場面は水島新司の漫画で(少なくとも2度)見られる。

 そこで投げた魔球を捕球できなかったキャッチャーが殺害される。そして第2に、右腕を切断され刃物で胸を刺された姿で須田武志が殺害される。高校球児がなぜ、という疑問とともに、「指折りの天才」とベテランスカウトから折り紙付きのピッチャーの、右腕が切断された末路はインパクト絶大。

 そして物語は題名通り「魔球」が大きな影を落とす。それは魔球そのものではなく、「魔球に憑かれた男たち」を巡るドラマとなっていくのが秀逸。主人公の須田武志の、目的を達成するためには手段を選ばない人物像と相まって、強い印象を残す。時代背景、家族設定なども巧みで、当時の日本社会が抱えた貧困も、物語に深い「くま取り」を与えている。「学生3部作」とは明らかに異なるテイストで、ずっしりとした重みを与えている。東野圭吾がその後取り組んだテーマの一つ、スポーツを中心に据えた物語であるとともに、ノワールとしての読み心地も受ける。

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 ここで野暮は承知で、気が付いたことをいくつか。

 第1は、女性の影が少ないこと。高校野球と会社での事件を描いたためだが、男女の役割をうまく使うのが東野圭吾作品の(優れた)特徴。昭和39年という時代もあるが、草稿はまだデビュー前でもあり、女性を上手く登場させることが出来なかったのか、または舞台を昭和39年に遡ったためか、男社会での物語となっている。

 第2は、物語にいろいろと「詰め込み過ぎている」印象があること。高校野球と殺人事件、会社での誘拐事件と貧困、家族問題などが重なっている。それを「魔球」でうまく結びつけているが、現在の東野圭吾なら、もう少し「交通整理」をした作品に仕上げたのではないだろうか。

 第3は、須田武志はもっと他の手があったろうに、と思うこと。貧乏な家族にお金が入るが、それはもっと「素直」にお願いすれば良かったのに、という疑問が残る。そして舞台の昭和39年というとプロ野球界はまだ自由競争の時代。2年前の昭和37年には怪童・尾崎行雄が高校2年で中退してプロ入りしている。

 最後に。本作品の主人公須田武志の中に、「白夜行」の主人公、桐原亮司の姿が見える