小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 ロシア幽霊軍艦事件 (御手洗潔:2001)

【あらすじ】

 横浜の御手洗潔にハリウッド女優の松崎レオナから手紙が来る。とある女優から、ヴァージニア州シャーロッツビルに住むアナ・アンダーソン・マナハンという女性に、亡くなった祖父の倉持平八が謝っていたと伝えてほしい、さらに箱根にある富士屋ホテル本館一階に飾ってある写真をその女性に見せてほしい、と。避暑を兼ねて富士屋ホテルへ赴くと、そこで問題の写真を目にする。なんとそこには「芦ノ湖に浮かぶロシアの軍艦」が写っていた。写真が撮られたのは第一次世界大戦終結後の1919年夏頃とされていたが、なぜ海と繋がっていないはずの芦ノ湖にロシアの軍艦が写っていたのかホテルの関係者に聞いてもわからずじまいだった。

 

【感想】

 箱根芦ノ湖に浮かぶロシア軍艦。そして1日で忽然と消える謎。こんな魅惑的な謎を提示したあとは、ロシア革命で弾圧された、世界で最もお金持ちで華麗と言われたロマノフ王朝の最後の皇帝、ニコライ2世の第四皇女アナスタシアを巡る貴種流離譚(きしゅりゅうりたん:特別な生れの主人公が「流離」を経て成長する物語の類型)になる。

 アナ・アンダーソン・マナハン(実在の名前は「アンナ」)。は、1920年自殺未遂者としてドイツで発見。その時自分は第四皇女アナスタシアと思いこむようになる。ロシア語は話せず皇族の伯母からも皇女ではないと言われて、虚偽記憶(嘘をつくことでその嘘が真実と思いこむ)による妄想と断じられた。但し王族の惨殺を公にしない当時のソビエト政府、皇族でしかわからない知識があること、身体的特徴の一致、そして本人に説得力があったことから、ロマノフ王朝の生き残りと支持する周囲も多く、1984年に亡くなるまで、アンナは皇女であることを主張し続けた。

 実際には皮肉なことに、アナの死後間もなくしてソビエトが崩壊しニコライ二世一家の遺骨が発見され、DNA鑑定で皇女ではないとされている。しかし、それでもアナの支持者は存在する。

 

 島田荘司は1918年のニコライ二世(一家)処刑から、1920年に現れるまでの「空白の2年間」を埋める物語を作り上げた。歴史上に残る事実の破片を繋ぎ合わせて物語を創作するのはストーリーテラー島田荘司の得意とするところ。一家惨殺から逃れた一人の皇女が、その皇女に献身的に尽くす陸軍大佐・倉持平八の力を借りて日本に逃れる物語は、臨場感に迫る。そのためアナを実在の皇女と推理してその根拠を述べる御手洗潔島田荘司)の説得力と相まって、デジャヴのように現実と混同してしまう。そしてその「物語」の象徴として、題名である「ロシア幽霊軍艦」を芦ノ湖に出現させた。

 過去の事実を繋ぎ合わせる手法、これは島田荘司が私淑する高木彬光の「成吉思汗の秘密」のオマージュであろう。高木彬光は事実のみを強調して実際の話と強調した。非常に説得力があり、かつ「夢」もあったが(但し成吉思汗はヨーロッパでは嫌われている)、証明は決してできない。島田荘司は「夢」の部分を引き継ぎ、小説として完成させた

 なおゴルゴ13の名作「すべて人民のもの」は、実際には存在しない「第5皇女」を創造して物語を作り上げている。こちらも献身的な日本人が登場するが、アンナ・アンダーソンが亡くなった間もなくの1988年に創作したところがすごい。是非合わせて読んでください。

 アナ・アンダーソンが亡くなって間もなくソビエトが崩壊し遺骨が発見され、そしてDNA鑑定の技術も開発された。不思議な人生を送ったアナだが、その点は恵まれたのだろうか。