小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 奇想、天を動かす (吉敷竹史:1989)

【あらすじ】

 平成元年(1989年)4月、浅草の乾物屋に、老人の浮浪者が400円の買い物をするが、店主の桜井佳子は消費税の12円を払っていないと呼び止める。これに対して浮浪者は佳子をナイフで刺し殺した。老人は取り調べでも薄笑いを浮かべるだけで、言葉は発しない。周囲はボケた老人が消費税を払いたくないために起こした殺人事件と考えたが、老人に知性も感じた吉敷刑事は納得できなかった。

 やがて老人は、宮城県刑務所に長年入所していた行川という男だと判明する。そして彼が小説を書いていたことが分かった。それは電車の中で踊っていたピエロが、密室状態のトイレの中で自殺。30秒ほどドアを閉めていた間に、その下が忽然と消えてしまった内容や、白い巨人の手で別の路線の電車に「私」が運ばれたという内容など、現実的にはありえない物語と思えた。

 行川の小説が雑誌で取り上げられると、北海道の牛越刑事から吉敷に連絡が入る。小説通りの、あるいはそれ以上の事件が、昭和32(1957)年にあったという。

 

【感想】~これからは一部真相に言及しています。トリックのネタバレはありませんが、未読の方はご注意ください。

 

 消費税が導入された時を見計らって作られた「キャッチー」な作品。それも平成元年だったかと改めて驚く。但し日常的な出来事を絡めた物語と思って読むと、足元が救われる。扱っている内容はとてつもなく重い。

 まずこの老人・行川が刑務所に服役した原因の事件が誘拐殺人事件だが、行川は誘拐殺人をしていない。警察が民衆の不安と取り除くために、行川を犯人に無理やり仕立てた。特高時代の、典型的な冤罪の作り方である。

 そして行川という名前も実際の名前ではない。名前も住所もわからない男に、警察は行川郁夫という戸籍まで偽造し、送検した。冤罪として27年間、刑務所にいじめられながらも服役していた。

 名前も住所もわからないのは、行川の本名は呂泰永という韓国人で、弟と共に当時は日本領の樺太に連れられたのが理由(この点についてはいろいろな意見があるので、ここでは断定しないが、当事者の思いは「強制連行」だろう)。生き地獄のような生活から何とか逃げ出し、当時北海道で巡業をしていたサーカス団に潜り込む。そのサーカス団にいたのが、スターの役だった桜井佳子。行川の弟は佳子に惚れ込み、惚れた弱みで利用され、挙句の果てに命を落とす。生き地獄を共にし、いつか一緒に国に帰ろうと語り合っていた弟の無念を思い、行川は復讐を誓う。

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 そんな悲惨な人生を送った行川に1つだけ「奇跡」が起きる。自分の危機を逃れるために必死に考えて実行した奇抜なアイディアと、それでも逃れきれなかった時に救ってくれた「奇跡」。それを行川は小説の形で残した。但しその奇跡のあと、行川は運を使い果たしてしまったかのように、または「奇跡」で起きた犠牲者に対する因果応報もあるのだろうか、冤罪事件に巻き込まれで服役する。服役で佳子を見失ったために復讐の機会が訪れるのははるか先になってしまった。

 「奇想天外に落つ」。略して「奇想天外」。普通では思いつかないような奇抜な考えが、はるか遠くから落ちてくるという意味で使われる。理不尽な運命に翻弄された行川に対して1度だけ「奇想」が、そして「奇跡」が天から降り注ぐ。行川(呂泰永)の人生を見ると、復讐のきっかけが日本国の法律による「消費税」というのも意味深長である。

 そして今後島田荘司のテーマになる、冤罪を扱った事件としても重要な位置を占める。