小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 犬坊里美の冒険 (御手洗潔 -スピンオフ- :2005)

【あらすじ】

 犬坊里美は27歳の司法修士生。弁護士になるため実習を受けることになった。舞台は倉敷。

 祭の準備のため総社神道宮に集まった人々の前に突然1体の腐乱死体が現れた。そしてパニックになる人々が慌てて近くの警察を呼びに行ったほんの数分間で死体が消えた。そしてその境内に潜んでいた一人の浮浪者が逮捕される。周囲には物陰となる建物も岩も木さえなく、忽然と消えた死体を探すが見つからない。容疑者である浮浪者は、死体の在り処については黙秘を貫いている。

 

【感想】

 犬坊里美「ちゃん」と呼ぶのが相応しいキャラ。陰惨な龍臥亭事件において、暗い雰囲気を一人ですくってくれた里美ちゃん。あれから10年。いつも自信がなく、必要以上にあたふたして、「怖いおじさん」に責められて泣きながらも、司法修士生という立場を心の支えに、司法の現場を歩んでいく。

 龍臥亭事件の経験で司法の道を目指したのかもしれないが、ここで見る限りは「彼女には向かない職業」と思える弁護士の今後に一抹の不安がよぎる。それでも真摯に事件と向き合う。そして突きとめた真相は驚きというよりも「人を喰ったような」話で、彼女のキャラにピッタリ! みんなからも褒められて、いや~よかったね、里美ちゃん。そんで物語は、ちゃん・ちゃん♪

 と、初読の時は「リーガルミステリーのライトノベル版」として捉えて、読了後は記憶も薄れたのだが、数年して否応なしに本作品を思い出すことになる。

 2010年9月、大阪地検特捜部で行われた証拠改ざん事件が判明する。障碍者郵便制度悪用事件で逮捕された厚生労働省元局長・村木厚子が無罪判決を受けた後、新聞のスクープで明るみになる。

 本作品が発刊される前の2003年には鹿児島県で公職選挙法違反事件である「志布志事件」が起きている。証拠不十分だったが、強制的とも言える取り調べや長期間の拘留で、供述調書に同意してしまう容疑者(被害者)も出て、最終的には全員無罪となる。こんな捜査は戦後間もない時代の話だと思っていたが、21世紀でも現実にあることが判明した。

 

 志布志事件もひどい話だが、大阪地検特捜部の事件は、エリート検事が証拠捏造して犯罪を立証しようとした点で、はるかに恐ろしい。容疑者を示すと思われる証拠が現れ、それで「絵が描ける」と思えば他の事実は黙殺、場合によっては捏造・隠匿される可能性があることを世間に知らしめた。

 本作品は司法の内部から見た、これらの事件を連想させる捜査の手法(全てではないが)と問題点を描いている。このような捜査を「泣きながら」受けるのは、弱い立場の容疑者たち。法律知識もなく、取り調べがいつ終わるのかわからない不安の中で、容疑者は「ジレンマ」に陥る。そこに容疑者を追い込み、疲れを誘い心の隙を突く捜査陣。

 そして本作品の容疑者は、自分は事件に全く関与していないが、犯人になってもいいと思っている。住む場所も家族も友人もいない。そして仮に釈放されたとしても、世間からは白い目で見られ、結局自分の居場所はない。ならば犯人として刑務所に居るほうがマシだと考えてしまう。このような形で「表に出てこない」冤罪事件が起きている。

 「ライトノベル」を通じて日本の司法制度の現状と問題点を描いた島田荘司。冤罪事件を独自の視点から調査し社会に問題提起をしてきたが、今回はこのような小説に潜り込ませてきた。この問題は「手練れ」な警察・司法関係者だけでなく、先入観のない目を持つ司法修士生が扱うのに相応しいと、作者が考えたのだろうか。