小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 推定無罪 スコット・トゥロー(1987)

【あらすじ】

 キンドル郡検事局の主席検事補のラスティ・サビッチは、現地方検事レイモンドの片腕として将来有望の人材。しかし地方検事選挙ではレイモンドの敗退の色が濃厚になって自分の立場にも影響が出るのは必至。しかも対抗馬はかつてサビッチの同僚で馘を言い渡した検事補だった。

 選挙によって女性検事補キャロリンの強姦殺害事件が注目される。レイモンドはただちにこの事件を解決し、市民にアピールするためサビッチに発破をかける。しかしサビッチはかつて彼女と不倫関係にあった。進まぬ捜査の中、レイモンドが遂に地方検事の席を追い出され、あわせて検事局を追い出されることになるサビッチ。更にサビッチは、かつての不倫相手が痴情のもつれの上、キャロリン殺害の容疑者として起訴されてしまう。

 

【感想】

 「推定無罪」。これは当事者側の表現で、裁判官側から表現すると「疑わしきは罰せず」となる。

 物語は主人公サビッチの一人称で進む。不倫関係にあった被害者の捜査を行うことで、自分の立場を守るためには、真相は言わないで捜査を進めなければならない。また地方検事選挙で上司の敗北が濃厚の中繰り広げられる不安定な人間模様。前半はその不安感の中、殺害された検事補キャロリンと不倫にのめり込んでいく赤裸々な情景も所々に挿入される。

 だがその中でも、数学者でもある妻バーバラと息子ナットへの愛情も失われていない。将来有望な検事補としては一つに決められない、又は全てを欲しがる優柔不断な人物の印象を与えている。冒頭での場面、主人公が検事局に入った初日に教えられた印象的な場面。被告人に対して「必ず指さす」勇気を陪審員に示すのが検察官の役割。これが自分自身にはできなかった。物語に漂う不安感に包まれ、読みながら誰もが主人公の破局を予想する中、ついにサビッチは容疑者として起訴される。

 そして後半に法廷での場面に移る。「リーガルサスペンス」は型とおりの様式に縛られる先入観があるが、この作品は一人称で描くことが活きる。被告人席で責められる主人公。相手はかつての仲間であり、上司であり、動揺は大きい。対して弁護側はかつての「好敵手」スターン。今回は誠実に自分の味方として全力を尽くしてくれる。検事補という「法廷のプロ」を被告人席に置いて一人称で語らせることによって、揺れ動く心理描写と裁判の解説を兼ねることになり、やや単調になりがちな法廷シーンを波乱のある、そして迫力のあるものに描くことに成功した。

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     *映画「推定無罪」より

 結局裁判はサビッチに有利に働き、検事側は公訴を取り下げる。「地元の英雄」として名誉は回復され、自信を取り戻し仕事に復帰するサビッチ。但し事件は解決しない。そこで最後にまた一人称で進めてきたことが「活きる」。

 結末はちょっといただけない。但し事件はサビッチ自身に多くの原因があったはず。事件の真相に対するサビッチの立ち位置は、最初に事件を捜査したときの状況の繰り返しに思える。サビッチは最後まで自分を「指さす」ことはできなかった。

 サビッチの裁判は「公訴取り下げ」で決着したため、「無罪」が評決されたものではない。サビッチは法律的には無罪である。但し道義的に無罪の前の「推定」が取り外されることは、今後もない