小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 試行錯誤(Trial and Error) アンソニー・バークレー(1937)

【あらすじ】

 主治医から「余命数か月」と宣告された独身の資産家トッドハンター氏。残り時間の有意義な使い方を様々な立場の有識者に聞いたところ、全員一致で「社会に害を為す人物を殺害すること」という結論に達する。そこでトッドハンターは、「殺されるべき人物」を必死に探すが、なかなか簡単には見つからない。

 ようやく決定した標的は、男に寄生して金を搾り相手の家庭を破壊する美人女優ジーン・ノーウッド。

 ピストル片手に彼女の家に乗り込むトッドハンター氏。女優は射殺され、トドハンターは客船に乗って、余生を静かに過ごすつもりだったが、そこでなんと無実の人間が逮捕されるニュースを耳にする。

 その人間が無実であることは自分が一番良く知っている。無実の人間を死刑にするわけにはいかない。あわてて自首するが、警察には相手にしてもらえない。そこでトッドハンター氏は探偵チタウィックに強力を求め、なんとか「有罪になろうと」奮闘することになる。

  

【感想】

 あらすじを書いているだけでも楽しくなる作品。書き手の立場だけでなく、主人公の行動も「倒叙形式」(笑)のミステリー。そして物語の章立ても「悪漢小説風(ピカレスク)」、「安芝居風(トランズポンタイン)」、「推理小説風(デイテクティブ)」、「新聞小説風(ジャーナリスティック)」、「怪奇小説風(ゴシック)」と5つに分け、非常に凝った構成になっている。

 元々ユーモア作家らしい作風で、あらすじ通りの展開で進んでいく。一生懸命自分の「有罪」を訴えていく姿は、本人は必死なだけにどこかしらユーモアが漂う。そんな中で法廷でも予想外の展開が待ち受け二転三転。世間を巻き込んで、注目を浴びて裁判が進行する。この辺は、流石に様々なタイプの作品を書き分けているバークレー。読者の予想を裏切る展開をいくつも用意していて、お得感(?)が一杯。

 結果的にはトッドハンターが見事「有罪」を勝ち取る。希望通りになってよかったね(?)と思った瞬間、更に落とし穴を設けてある。ポカポカした陽気で風もなく足元を気にせず気分良く散歩している。そうしたら突然ぬかるみに足を取られ、おろしたての靴が汚れた様子を、信じられないようにまじまじと見つめるような印象。ユーモア溢れる文体と展開にすっかり騙されてしまった。隅から隅まで行き届いたバークレーの計算通りに仕上がった、余りにも見事な構成。

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 先にも書いたが、アントニーバークレー・コックス(ABC)は、元々はユーモア作家。しかし近年特に日本の新本格派作品で「流行」(?)している「多重推理」の先鞭をつけた「毒入りチョコレート事件」や、ミッシングリンクの先鞭をつけた「絹靴下殺人事件」などの作品など。またホームズに代表される名探偵に対して「失敗もする探偵」を設定させ、従来のミステリーから一歩進んだ「多重な」形式にチャレンジしている。更に別名義フランシス・アイルズ名義で発刊された倒叙ミステリーの傑作「殺意」や、「レディに捧げる犯罪物語(映画名:断崖)」などのシリアスな作品も出して、幅広い作風を披露している。

 

 蛇足だが、本作品に見られるトッドハンターが殺害を決意する経緯は、この後まもなく別の作家から出される「歴史的名作」で描かれた殺人の動機と似ている。作家同士の繋がりから見て、その作家はこの本を読んでいないわけがない。その作家には読んだ当時から元々腹案があったのだろうが、この本を見てそのアイディアが「結晶化」したような気がしてならない。さて、どうであろうか。

 

倒叙者の傑作「殺意」と、多重推理で近年ミステリーファンからの評価が高い「毒入りチョコレート事件」。