小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁 (吉敷竹史:1984)

【あらすじ】

 マンションの一室で浴槽に浸かった女の変死体が発見される。しかもその死体の顔面の皮膚は剥がされ、持ち去られていた。事件の担当をすることになった捜査一課の吉敷竹史は、いくつかの証言などから犯行時間を絞りこむが、「顔」が引きはがされた謎は解明できない。

 そして事件から約1ヶ月後、謎は更に深まる。被害者は犯行時刻と思われる時間に、寝台特急はやぶさ」に乗車していたという。吉敷は被害者の過去を知るために新潟、そして北海道へ足を延ばし、道警の牛越刑事の協力を受けながら捜査を進める。そんな中、容疑者の一人と思われた人物が殺害される。吉敷は事件の謎を解明するために、寝台特急はやぶさ」に乗り、あるトリックに思いつく。

 

【感想】

 「刑事」吉敷竹史シリーズのスタート。デビュー作、第2作と「島田マジック」を見せたあと、第3作は「死者が飲んだ水」。「斜め屋敷」にも登場した牛越刑事を主人公とする、やや現実的なアリバイトリック物を発表した。これを読んだカッパブックスの編集者が、この作風ならば当時の風潮に合うと判断する。新しく吉敷竹史刑事を生み出してトラベルミステリーをテーマとし、「分数を冠したシリーズは恰好がいい(笑)」と編集者が考えてタイトルを決めたという。この辺は全集の後書きに詳しく書いてある。

 刑事物といってもそこは島田荘司。最初に提示する謎はやはり魅惑的で、「顔のない死体」と人間の同時異動を合わせて持ってきた。そしてこれらの謎は、大ナタ一閃の御手洗潔と違い、警察小説らしく徐々に、順番に解いていくのが親切。「顔のない死体」の謎や、15:30頃に死んだと思われる女性が、なぜ16:45分発の電車に乗っていたのかの謎が、読み手にもわかるように徐々に解き明かされていく。アリバイトリックについては本作品の前に出た「江戸川乱歩賞受賞作」のトリックを思い出すが、1ひねりしているため不自然はなく読み進めた。

 牛越刑事の役割も興味深い。生き馬の目を抜くような刑事が多い中で、ややおっとりとした地方の刑事風の雰囲気を出して、東京の吉敷刑事との違いを表している。御手洗潔シリーズから吉敷竹史シリーズへの橋渡しの役割を演じていると同時に、吉敷に対して示唆的なアドバイスを送って事件の解決においても重要な役割を果たす。

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 牛越刑事からの示唆で、謎をからめながら事件を見つめ直す吉敷。その推理は複雑な様相を示す。そして一件落着と思わせておいて、それまで端役と思われた人物の再登場により更に事件の景色は一変する。読み手を解決に誘導したと思わせ、更にもう一つの真相を隠すのは、単なるトラベルミステリーで終わらせない、「新本格派」を標榜した作者の意気込みを感じる。

 そして突然犯人視点となり、「刑事コロンボ」のように倒叙ものの構造に変化する。犯人による真相の告白。これは「占星術」を思い出させる。真相は解明されるが、その犯人に罠をはめた存在が犯人側からは不明になり疑心暗鬼となる。そして吉敷刑事の「逆トリック」がさく裂、本作品で本格推理小説倒叙物の両方のテイストが味わえる。

 但しこの「逆トリック」は現代ではいただけません(笑)。「クビを覚悟でやれ」と上司からハッパをかけられたそうだが、裁判で証拠能力と警察の捜査方法が問題となるでしょう(フロッピー事件もあったしねww)。