小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 火刑法廷 ジョン・ディクスン・カー(1937)

 

【あらすじ】

 編集者エドワード・スティーヴンスは、作家ゴーダン・クロスの新作を受け取った。ゴータンは実際の事件を題材として素晴らしい作品に仕上げるのだが、世捨て人のような生活をしてスティーヴンスは会ったことがなかった。その作品は17世紀フランスに暗躍した女性毒殺者を描いたもので、添えられていた毒殺魔の姿は驚いたことに妻・マリーにうり2つであった。

 スティーヴンスの近所に友人マーク・デスパートが住んでいるが、マークの伯父、マイルズは自宅で死んだ。初めは病死と考えられたが、砒素を飲まされたのではないかという疑いがもたれ、使用人の証言によって、マークの妻ルーシーに嫌疑がかかる。ところが、その証言は奇怪なもので、女の毒殺者が部屋から消失したように見えたというのである。殺人かどうか調べるため遺体を改めようとしたところ、衆人環視の下に地下納骨室に葬ったはずの遺体が見つからなかった。そしてデスパート家は先の毒殺魔を逮捕した役人の子孫だったことが判明する。

 

【感想】

 クイーンとクリスティーは「別くくり」で特別待遇としたが、3大巨匠の一人であるカーの作品を20選んでコメントをすることはできなかった。トリック重視のカーの作品を取り上げるには、私の筆力は余りにも不足している(ネタバレが必須になってしまいます・・・・)。とは言え処女作で描いた名作「夜歩く」、不可能犯罪の完成形態と思える「黒死荘の殺人」、密室トリックの集大成「三つの棺」、シンプルだが効果的なトリック「皇帝のかぎ煙草入れ」など、優れた作品が目白押しなので、是非「ご賞味」ください。

 そんな作品群の中でも本作品は別格である。17世紀に実在した毒殺魔と関連付けた、冒頭から覆う怪奇趣味の重厚な雰囲気。そして犯人消失と死体消失の不可能トリック。カーの趣味趣向が「てんこ盛り」になっている。

 作品自体も、最初は人物と事件が複雑に入り乱れていたものが、中盤でちょっと一息のような感じを持たせて、後半の怒涛の展開に備える流れになっている。この辺の「タメ」を作る流れは、名人芸とも思えるほど見事の一言。

 謎をもつ女、スティーヴンスの妻マリー。看護師に砒素を手に入れる方法を尋ねる姿を目撃され、事件の後には失踪してしまう。完全に怪しいが、動機など被害者との関係性ではさっぱり見えない。ところがマリーは最初に登場した作家ゴーダン・クロスに助けを求めていて、クロスがこの事件を解明することになる。

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 クロスは犯人消失と死体消失のトリックを見事に見破り、事件を解決に導くのだが、そこから更に物語は二転三転し、「カー魔術」がさく裂する。この展開には心底驚かされた。本来はミスリードを思わせた伏線が突如蘇り、カーの作品群全体がこの「トリックの伏線」となっていることに気付く

 ミステリーからみれば「アンフェア」ととらえかねない作品。その内容は世間で論争を巻き起こした「アクロイド殺し」どころではない。但しこれはカーだからこそ(もしくは「カーの作風なればこそ」)許されるもの。実際とても効果的で、読み手に強いインパクトを与えてくれる。結局、読み手が面白ければそれでよいのだ(笑)。

 そのためか、同様のトリック(?)を使った作品は、日本でもけっこう見受けられる。本作品にインスパイアーされた作品は、大御所から新進気鋭の若手まで、日本ではことのほか多い。日本人に訴えやすいプロットと雰囲気を持っている傑作。

 

ja.wikipedia.org

 *本作品のモデルとなった17世紀の大量毒殺者。逮捕され、水責めでも白状しなかったが、「火刑法廷」にかけられて、ようやく自白した。