小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 フランス白粉の謎 (1930)

【あらすじ】

 ニューヨークにあるフレンチ百貨店。この大型百貨店のショーウィンドウで正午に最新式の収納型ベッドのデモンストレーションが行われようとしていた。係の女性がボタンを押すと、迫り出してきたベッドと共に、銃弾を打ち込まれた女性の屍体が現れる。

 女性はフレンチ百貨店社長夫人であることがすぐに判明。現場からは夫人の家族に関連する持ち物が発見される。エラリー・クイーンは百貨店とその中にあるアパートメントを捜査するが、その中でフレンチ家一族の疑惑も次々を湧き出してくる。

 【感想】

 「レーン四部作」のあとは自然と、作者と同名の探偵を主人公とし、その父であるリチャード警視と協力して謎を解決する「国名シリーズ」を読み始めた。ところがデビュー作の「ローマ帽子の謎」は、初読の際はほとんど頭の中に入らなかった。エラリー(これからは、探偵を「エラリー」、作者を「クイーン」と書き分ける)は余りにキャラが立ちすぎて、熟成前のウイスキーの原酒のように口当たりが悪い(私はお酒が飲めない)。ポイントとなる手がかりも動機も、当時中学1年の日本人の子供にはピンと来なかった(作者のせいではない)。

 その点、本作は前作よりも洗練され、格段に読み易くなっている。前作では息子ベッタリだったクイーン警視も、まずは新任で素人の警察委員長(?)の悪口で憂(う)さを晴らす(今も昔も、上司の悪口を話し出すと止まらないww)。そして現実に戻ると、じっと我慢で悪口上司が捜査の横やりを入れるのを防ぐ楯となり、その「ブラインドサイド」で、民間人のエラリーがやりたい放題(笑)に捜査を行う図式となっている。

 エラリーはフレンチ百貨店のアパートメント内で、関係者の一人であるエラリーの旧友であるウェストリーと一緒に捜査を行う。寝室、浴室、書斎などを行ったり来たりしては、一つ一つの事実の持つ意味を2人で確認し、証拠を集めていく。その中でも書籍売場を舞台とした暗号の伝達は興味深い(のちの短編でも現れる)。またベルリン市長から貰(もら)ったツアイス製の「探偵セット」が活躍。とても珍しい特注品(なぜこれをベルリン市長にねだるのか…)だが、あとから考えれば、これも手掛かりの一つと言えなくもない。

 捜査が進むと、疑惑はフレンチ家一族から、次第に麻薬密売組織の存在に移っていく。なかなかその実態を捕まえられない捜査陣。一方でエラリーは関係者のアリバイを調べ、データの収集は完了。

 そして「読者への挑戦」を挟んで、関係者全員を集めての解決編に。

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  データ解析によるそのプロセスはまさに「エラリー流プロファイリング」。様々なデータを軸に二者択一に、そしてデータを的確に組み合わせ4象限に落とし込み、犯人像とそれ以外に選別していく

 実は私は犯人の見当はついていたが、自分の想像も及ばないデータも駆使して徐々に犯人を追い込んでいく様子に自分まで追い込まれる思いがして、緊迫したまま読み進めた。最後は、心理的な揺さぶりと決定的な証拠で犯人の動揺を誘い事件は解決。日本警察の捜査方法を考えると、そこまで犯人を追い詰めないよな、と思ったが、精巧な論理の美しさは失わない。

  本作は消去法による推理と、その不完全さが指摘されているが、私は作者クイーンが、「犯人を最後の1行で明かす」趣向に挑戦し、そのためにこのような「消去法」を手段の一つとして利用したと考えている。そして消去法の推理は磨きをかけて、満を持して「Zの悲劇」で披露し完成させた。