小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 チャイナ橙の謎 (1934)

【あらすじ】

 チャンセラーホテルを住居にしているドナルド・カーク氏に会いに来た「名無し」が事務所の控え室で彼の帰りを待っていた。エラリーを伴って帰宅したドナルドが事務所の控え室へ入ってみると、「名無し」は死んでいた! その状況は、動かせる室内の調度品、被害者の服装もあべこべ。そしてズボンの裾から衿を貫く二本の槍が覗いている奇妙な姿。また、身分を明らかにするものを何ひとつ持っていないこの被害者は一体何者なのか?

【感想】

 作家エラリー・クイーンフレデリック・ダネイ)が初来日した時、朝のニュースでインタビューが流れるというので、当時はビデオがなかったためラジカセで録音し(英語だったので、再生しても全く理解不能だった(笑)、ワクワクしながら遅刻ギリギリの時間まで見た。その時クイーンの自選の一つに本作が挙げられたので、その時はちょっと意外に思った(他に「中途の家」「災厄の町」「九尾の猫」があげられている)。

 本作品は初期の重厚な雰囲気は全くない。但しその設定は余りに興味深い。全てがあべこべにされた犯行現場。推理の方向も本来の犯人ではなく「被害者は誰か」が主軸となっていく。そしてあべこべについての蘊蓄(うんちく)に満ち溢れている。話は中国の風習から「不思議の国のアリス」まで広がり、捜査を忘れて(笑)延々と続いていく。それはそれで面白い。

 但し「あべこべ」については大きな「?」が浮かんだ。死体に対し、下着までさかさまにするのに、どれだけの労力が必要なのか。家具までさかさまにするのに、どれだけの力が必要なのか、犯行は大人数で行われたのではないか、と。

 殺害直後に、これだけ殺人現場にいる時間をかけ、これだけの証拠を殺人現場に残す「リスク」を負う価値があるのか。漫画ならともかく、クイーンの作品では違和感を生じた。そして「クイーンが提示するのだから」よっぽどの理由があるのだろうと、期待した(推理はあきらめた)。 

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 そして「あべこべ」の理由が判明するが、これは中学生の日本人には到底想像できないこと。期待しただけにちょっと残念(これは作者のせいではない)。但し私は「それじゃ被害者を裸にしたが手っ取り早いだろう」と疑問が残った(そうしたら次作がそうなった(笑))。

 こちらが本題だが、被害者の背中に二本の槍が通されていて、事務所側のドアを塞ぐようにしたいが移動されていた謎について。話の話題は「あべこべ」に集中しているが、こちらも負けず劣らず異常な光景のはず。そしてこの二本の槍の謎を突き詰めると、結果的に犯人は誰か、に通じている。それが最後まで「置いてきぼり」にされている。

 再読すると、前作品「シャム」で「人間の限界と、それを乗り越える意志」という、後期作品で主要なテーマの1つとなるものを提示したように、本作品はクイーンのやはり後期作品の流れの1つとなる「ナンセンス・パズラー」の端緒となることがわかる。またこの本は、クイーン作品でもかなり売れたとの話なので、「ダネイの好み」と相まって、今後の創作活動の新たな道筋に手ごたえを感じたのではないのか

 文章では細かいところまではイメージできず、長年の疑問であった「二本の槍」。新訳の角川文庫版「チャイナ蜜柑の秘密」の解説で、この「二本の槍」についてのとても秀逸な(笑)図解説明が載っている。この本に限らず、角川文庫版の解説は、飯城勇三氏の、「エラリーに負けない」蘊蓄(うんちく)満載の解説で楽しませてくれます。

(国名シリーズの題名は、私が初読した創元推理文庫の題名で統一しています)