短編集から1つ選出(本当は、「クイーン犯罪実験室」も入れたかったけど・・・・)。クイーンらしい手がかりにちりばめられ、新訳で発刊された創元推理文庫の表紙を見るだけでも楽しめる。「オランダ靴の謎」で書いた「丸太の渋滞」の話のように、「鍵の丸太」をひねり出すことに「特化」したかのような作品集であり、全体を通して短編集とは思えない手ごたえを持つ作品が並んでいる。以下、好きな作品に絞って簡潔に。
「アフリカ旅商人の冒険」
この短編集で一番のお気に入り。大学の犯罪講義にやってきたエラリーは、3人の受講生を伴って発生したばかりの殺人現場へ。そこで三人三様の推理で犯人を「断定」するが、エラリーはその全ての証拠をまとめ上げ、まったく違う結論を導く。学生の一人一人の推理に説得力がある中で、そのどれをもひっくり返すエラリー。
このゼミに参加するのは無理にしても、「クイーン犯罪研究室」として1つの短編集を作ってもらいたいと思った。けれどもこんな見事な多重解決を連作で作ったら、長編がまるで書けなくなるだろうと思い、素早く「ノリツッコミ」で打ち消した思い出がある。
「1ペニイ黒切手の冒険」
ウネケル書店で取り扱っていた「混乱のヨーロッパ」という書籍が次々と奪われる事件が発生。しかし犯人の狙いは書籍ではない。「1ペニイの黒切手」を盗んだ者がウネケル書店に逃げ込み、この書籍にその切手を隠したのではないかと疑われる。ドイルの「6つのナポレオン」と見せかけ、肩透かしを食らわせるそのひねりは見事。また前作ともども、「チャイナ橙」のテイストも感じさせる。
「ひげのある女の冒険」
遺産相続に関して問題を抱える家に住み込みしていた医師が刺殺された。医師自身も遺産相続人の一人で、医師の志望により利益を得ることができる容疑者が二人。そして医師は死の間際に、女性の画にひげを書き加えていた。そこからの二者択一。ダイイングメッセージとして、簡にして潔。
「見えない恋人の冒険」
女性がらみで男を射殺した犯人と疑われる人物の嫌疑を晴らすため、エラリ―が捜査。部屋に残った弾丸に気付いたエラリーは、墓を暴いて真相を暴こうとする。観察力と推理力が合わさった作品に仕上がっている。なお脚付きタンスの役割は、「オランダ」のテイストとともに、「刑事コロンボ」の作品の1つを思い出させた。
「チークのたばこ入れの冒険」
アパートで起きたダイヤ盗難事件を秘密裏に解決して欲しい、と依頼されたエラリー。ところが依頼を受諾する前にそのアパートで殺人事件が発生する。殺された男が所持していたチークのたばこ入れに興味を抱くエラリー。ところがその男の兄もまた殺されてしまい、同じたばこ入れを持っていることに気付いた。たばこを吸わない男がたばこ入れを持っていることに関する謎を、短編らしからぬ密度で、見事に収めてくれる。
「ガラスの丸天井付き時計の冒険」
骨董商が鈍器で殺害された。だが被害者は信じられないほどの力を振り絞って、ダイイングメッセージを残した。それはガラスの丸天井付きの時計と紫水晶であった。ダイイングメッセージと思わせて、それだけでは終わらせない。クイーンらしい、ひねりを効かせた見事な作品。
「は茶め茶会の冒険」(いかれたお茶会の冒険)
短編におけるクイーン自薦のベスト。遊び心満載で「知っている人」が読めばものすごくツボに嵌まるだろうと思われる作品(残念ながら私は「知らない人」だった・・・・)。それでも短編でこれだけのものを詰め込むのは流石クイーン。自薦ベストに選んだのも、クイーンの「趣向」好きを思えば納得です。
以上、短編でも「1ひねり」に終らず、サービス心満載な短編集です。
「丸太の渋滞」の話はこちらです ↓