小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 最後の一撃 (1958)

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【あらすじ】

 事件の発端は、クイーンの2人とエラリーが生まれた1905年。ジョン·セバスチャンに双子が生まれるが、2人目の出産時に妻が亡くなってしまう。長男のジョンは父のジョンが育てるが、妻の死因となった次男は出産を援助した医師が引き取る。そして父のジョンもその後死亡し、友人のクレイグが育てることになる。

 1929年12月、ジョンの縁から「ローマ帽子の謎」を発表したエラリーは、クレイグ邸で行われるクリスマスパーティーに招待された。パーティーで飾られたクリスマスツリーの下には、送り主が不明のジョン宛の小箱が置かれていた。その中身は白壇の雄牛、造りかけの家の模型、灰色と白のラクダ。

 そして図書室で老人が殺されているのが発見される。警察も捜査を進めるが、被害者の身元も犯人の正体おつかむことができない。そんな中でもジョン宛のプレゼントは毎日送られてきていた。内部の人間の仕業と思われるそのプレゼントにより、造りかけの家の模型は徐々に完成に近づく。そして「最後の一撃」が放たれる。

 

【感想】

 本来は、この作品で作家クイーンは最後にするつもりだったという。「クイーン最後の事件」にならなくてよかった。事件の内容はともかく(?)、クイーンらしい趣向がてんこ盛りで、ノスタルジックな雰囲気を全体にまとわせた作品となっている。

 見立てや章題の凝り方、「読者への挑戦」の挿入、楽屋裏のような裏話、そしてクイーンのもう一つの顔である、出版責任者が登場人物の一人になっているなど、過去のクイーン作品を彷彿とさせる作りとなっている。そのためか「見立て」は余りに懲りすぎ、また目的も不鮮明。手がかりも「真の手がかりか、偽の手がかりか」が今一つ明確に説明できない印象もあり、マニアで議論された「後期クイーン問題」も含まれている。てんこ盛りにした反面、上手く消化されていない印象もあり、作品としてクイーンファンからは、余り高い評価は得られていない様子。

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 但し1つだけ、この作品には過去の作品でクイーンが「触れるべきなのに触れていないもの」として、私が疑問に思っていたものが(初めて積極的に)描かれている。

 それは世界大恐慌。デビュー作「ローマ帽子の謎」刊行の年に起きた世界的出来事。クイーンが懸賞で応募、受賞したのに、出版社の倒産し、出版の計画が紆余曲折しヤキモキしたであろう直後に発生した「ブラック・チューズデー」。その後世界大恐慌の影響が残る中で、クイーンの二人が安定した勤務先を退職して、専業作家になる決意をした時の心の葛藤。バーナビー・ロス名義の作品を4作で終わらせた理由として、経済的に効率の良いクイーン作品に集中したとのインタビュー記事もある(但しこの発言は「韜晦(とうかい=本心を隠す)」の可能性もあり、鵜呑みにできない)。このようにクイーンの創作活動にかなりの影響を与えたと思われる。

 何より「金がらみ」は、犯罪の動機としては1番と言っていいほど多く、クイーンならば世界大恐慌を背景に、様々なストーリーを作り出せたはず。だがミステリーを「娯楽」として位置付けたクイーンは、余りにも現実的で生々しい世界大恐慌の姿を読者に見せるのを、当時は避け続けたのではないだろうか。

 更に掘り下げれば、クイーンは殺人の「動機」についてはシンプルな作品が多い。例えばアガサ・クリスティー。クリスティーは犯罪動機の主因である「金」「色」「名誉」を、複数織り交ぜて「多層な人間模様」を描いた作品が多い。対してクイーンは、犯罪の動機はシンプルにして「推理するフィールド」を整備し、「多層な推理」を構築してきた。

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 事件が起こって27年後の1957年、ようやく事件は解決する。世界大恐慌も、世界大戦も、その後の冷戦の時代も、犯人はただひたすらに生き残った。そこにやはり年老いたエラリーが現れる。その犯人に込めたクイーンの思い。探偵エラリーが対峙するその相手は、本格推理小説の黄金時代から活躍を始め、戦争時は戦意高揚の作品を手助けし、ハードボイルドの興隆、赤狩りレッドパージ)、カウンターカルチャーの台頭の中でもかたくなにアメリカのミステリーを守り続けた「もう一人のエラリー・クイーン」の姿ではないだろうか。