小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 黄金の華(後藤庄三郎) 火坂 雅志(2002)

【あらすじ】

 落魄した武家に生まれた庄三郎は教養に優れ、京都の金工、豊臣家御用の後藤家の手代として家事を取り仕切っていた。ある日、大原の雑居寝と呼ばれる奇祭で、偶然「京三長者」の1つ、角倉家の娘おたあさまと交わる縁ができた。おたあさまはその美貌から関白豊臣秀次に見初められていたが、この噂が流れると輿入れは沙汰止みとなる。豊臣家から睨まれた庄三郎は、家康から誘いがあった江戸へ、逃げるように下向する。

 

 当時江戸はまだ鄙(田舎)で人口も5万人程度のため、後藤家も庄三郎に任せきりだった。家康から関東に流通する大判(十両)を作ることを命じられるが、庄三郎は流通しやすい1両単位の小判の製造を具申する。また当時は、金で取引するのにいちいち品位を確かめ、重さを量らなければいけない不便があったが(秤量貨幣)、広く関東、東国で通用する一定の貨幣(計量貨幣)を流通させようとした。ほかにも通貨を流通させるために意見を具申する庄三郎に対し、家康から黄金とは何かと問う。庄三郎は黄金とは仏と同じで、裏切るのは黄金でなく人の欲と答え、家康の信頼を得る。

 

 その後秀吉が薨去し、家康は戦いに備えるために、庄三郎に矢銭(軍資金)を用意するように命じる。同じく矢銭を求められた角倉家は、秀次への輿入れを免れたおたあさまの尽力で、東西の米を売買して大儲けしていた。矢銭の調達に困っていた庄三郎は、不作の予想を信じて借りたお金で米の先物買いに勝負、見事成功させて徳川家の「金銀改役」に抜擢され財政担当の責任者となり、豊臣家に肩入れした京都の後藤本家を凌ぐ勢いになった。

 

  *後藤庄三郎(堤直美彫刻美術館)

 

 庄三郎は江戸で進めてきた貨幣の統一化を全国に広げる。畿内で定着していた銀の「量目計り」を改めるために、京都の銀座に銀を集め、品位を一定にして流通させた。また金銀の比率が日本と明国で異なることに目をつけて、明国で銀を金に両替して倍の利益を得て、徳川家を潤すことになる。

 

 ところが家康の側近、大久保長安が金銭を牛耳っていた。枯れた金山を独自の竪穴式によって、更に発掘して財政を潤していた。長安は傲岸不遜で、その財を私物化して権勢を振るい、家康さえ手が出せない存在になっていた。際限なく金を産出して物価高が進行するため、庄三郎は金が流通する量を調整したが長安は気に入らず、甲州の忍びを使って庄三郎の命を奪おうとする。

 

 その長安脳卒中となり、そのまま死去する。死後に私欲を貪る悪業が明るみとなり、家が断絶となった。金を扱う男の末路を見た庄三郎は、天下の黄金の流れを淀みなくすることが自分の仕事とわきまえる。それでも家康から不正蓄財の疑いをかけられた庄三郎は、嘘偽りない記録を出して身の潔白を証明する。金を扱う仕事の危険を感じた庄三郎は、自ら失明させて隠居し、後継に家康から下げ渡された側室の子を据えた。そして人を育てる学校設立を願った望みは、角倉家とおたあさまが引き継いでいた。

 

 

【感想】

 家康が京都の後藤家に命じて江戸に下向して、金の小判を作らせた場所を金座という。その場所は400年以上続いて、現在の日本銀行として続いている。「京三長者」の1つ、後藤家の手代に過ぎなかった庄三郎が、まだ秀吉の家臣の立場だった家康に乞われて江戸に下向し、その才覚から家康の信用を得て、家康が天下を獲ると本家を凌駕して幕府における財政の礎を作る。

 作者火坂雅志があとがきで書いた通り、庄三郎は江戸幕府日本銀行総裁のような役割を果たした。大判に対して流通しやすい小判の鋳造を推進し、米の先物取引の勝負で家康の懐に入り、金銀の比率の差を利用して日本と明国の通貨取引で国家財政を安定させる。大久保長安が金を無尽蔵に産出する極端なインフレ政策を行なうことに対して、通貨供給量(マネー・サプライ)を調整して物価の安定を図ろうとする。

 

  大久保長安(八王子市HP)

 

 お金を扱う立場の者は難しい。大久保長安は天下を治めるものは将軍ではなく黄金と勘違いして、黄金に魂を奪われ、そして家は断絶となってしまった。後藤庄三郎は黄金とは一線を引いて生きたつもりだが、それでも周囲からの目は厳しく、家康からでさえ疑いをかけらる。庄三郎は家を存続させるために、自ら目に針を刺して失明して、しかも家督を家康の落胤と思われる広世に譲るまで気を使う必要があった。

 

 話は突然昭和の時代に飛ぶが、経団連自民党への献金を担当し、「財界献金部長」と呼ばれた花村仁八郎は、目の前を通り過ぎる巨額の札束を、お金と思わないようにしたという。田中角栄から「お金を受け取らない相手は信用しないんだ」とすごまれても、目の前に積まれたお金は断じて受け取らなかった。1度受け取ったら、その後は出所の財界はもとより、政界からも信用されなくなる。

 それだけお金を巡る人間関係は難しい。本人は「黄金は仏」であり「道具」に過ぎないと考えても、周囲の目は猜疑心が向けられる。後藤家は幕末まで14代続くが、その大半は養子であり、それでも1人は流罪、1人は処刑されている

 それにしても子供の頃、なぜ大判は少なく小判が多かったのだろうと時代劇(越後屋ですねww)を見て疑問に思っていた。大判だと小さいものを買うときは、重さに合わせてナタで切り取って使っていたと知り、それでは不便だろうとようやく理解できた(例えば「100万円札」で缶ジュースを買おうとしたらどうなるか、と想像するようなものですね)。

 キャッシュレスなど存在しない、金銀本位制が確立しようとしていた時代の話。

火坂雅志らしく、本作品では角倉了以の娘を主人公に絡ませているが、今回はスルーします)

 

  

 *「家康、江戸を建てる」で後藤庄三郎を演じた柄本佑。今年は大河で藤原道長を演じていますが、「情けない」役柄の方が印象が強い・・・・(個人の感想です:NHK)

 

 よろしければ、一押しを m(_ _)m