小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15-1 捨て童子・松平忠輝 ① 隆 慶一郎(1989)

【あらすじ】

 鋳物師(いもじ) の娘で美貌のお茶阿は、夫が代官に殺され、主君の徳川家康に訴える。家康は下女として雇うが次第に男女の仲となり、家康の第6子として忠輝を生むことに。忠輝は色黒でまなじりが割ける魁夷な容貌で、家康は「捨てよ」と命じる。見かねた家臣の皆川広照が養父として預かり、周囲の子とは違う容貌から「鬼っ子」言われるが、お茶阿はそんな忠輝を可愛がって育てた。

 

 母お茶阿は傀儡(くぐつ)と源とし、「道々の輩」と称される漂泊の民たちの血を受けている。傀儡は全国を巡っては様々な分野で特異の才能を発揮するが、忠輝は「異能」を引き継いだ。笛は玄人はだし。兄秀忠と於江の娘にあたる千姫を軽々と江戸城の屋根にいざない、時に城を抜け出しては取り巻きを混乱に陥れる。「剣聖」上泉秀綱を師に持つ奥山休賀斎が見かねて忠輝を引き取り、日常の中で隙あれば討つ真剣勝負を繰り広げて、忠輝の技量は磨かれていく。

 

 当初は家康から疎まれ、他の子と差がつけられて1万石しか拝領を受けなかった。しかし家康は長男の信康の生き写しと感じるようになり、6歳で5万石に、そして関ケ原の戦いの後には信濃松代12万石にと、徐々に禄高を上げていく。周囲はその「異能」と、誰をも引き付ける人柄を見て、忠誠を誓う者、利用しようとするもの、そして邪魔に思う者たちに入り乱れる。

 

  松平忠輝ウィキペディアより)

 

 大久保長安は金山の発掘で徳川家に貢献したが、恩賞が少なく不満を抱き、まだ子供の忠輝を擁して天下を望む野望を抱く。その長安を庇護する大久保忠隣は、次期将軍秀忠の後見人でもあり、人望に加え金銭の面倒見もよく、徳川家中でも一大勢力を築いていた。対して本多正信・正純親子は、そんな「大久保党」が目障りでしょうがない。本多親子は家康の「知恵袋」として有能だが、武功がないため人望がなく、大久保党を始め家中の武闘派と対立が続いていた。

 

 そして徳川秀忠関ケ原の戦いで遅参する大失態を犯した身からは、器量に優れた弟は、自らの立場を脅かす存在に見える。その秀忠の配下には「剣術指南役」柳生宗矩が控えている。「無刀取り」の父柳生宗厳と違って剣術の技量は劣るが、権勢欲が強く柳生家の隠密組織を引き継ぎ、秀忠の「闇の部分」を受け待っていた。秀忠の命で忠輝暗殺を謀る柳生軍団だが、忠耀は持ち前の「野生の勘」と奥山体賀斎から鍛えられた技量で、子供ながらに軍団を翻弄する。

 

 そんな中、徳川幕府と豊臣家の対立が激しくなった。豊臣家への正使が必要となり、秀頼よりも1歳年上の14歳で、家康の子でもある忠輝が選ばれる。忠輝はこっそりと秀頼や千姫と会い、家康と面会したら市中を案内すると誘って、淀殿が拒否した二条城での面会を承知させた。そして忠輝は友達として秀頼と約束する。「戦うことは決してしない」と。  

 

 

 *皆川広照。関東の豪族から家康に仕え忠輝の家老となるが、忠輝が粗暴なため家康に訴えると、逆に改易とされる。その後大坂の陣で赦免され大名に復帰する(ウィキペディアより)

 

【感想】

   家康の子で 「器量人」と言われた長男信康、次男秀康。対して6男となる忠輝大坂の陣で遅参した罪などを問われ、高田藩70万石を改易に至らせ、25歳の若さで配流された。その生涯を一言で表わせば「出来の悪い、ワガママな二代目」に見えるが、隆慶一郎は魅力的な主人公に生まれ変えさせた。

 新井白石の「藩翰譜」によると「世に伝うるは介殿 *(忠輝)生れ給ひし時、徳川殿(家康)、御覧じけるに色きはめて黒く、批 (まなじり)さかさまに避けて恐ろしげなれば憎ませ給ひて捨てよと仰せあり」と書かれている。これは「村上海賊の娘」で記載ざれたヒロインと似ていて、家康から遠ざけられた事情は「ギギ」と呼ばれた次男秀康と重なる。なお「捨て童子」とは、この世のものならぬ異形のもののことを指し、平安時代に出没した酒呑(しゅてん)童子の名は、「捨て童子」が訛ったものらしい。

  * 忠輝は織田信長をなぞらえて、自らを「上総介」と名乗っていた。

 

 そのため「鬼っ子」と呼ばれた忠輝だが、本人は何の頓着もなく幼少期からその異才を発揮して、大らかに育つ。そんな大らかさが技能集団でもある塊偶たちに気に入られ、引いては命を懸けてもいいとまで思わせてしまう。また女性たちの人気もひとしおで、秀忠の子千姫伊達政宗の子五郎八(いろは)、そして塊偶の娘の雪や竹などからも無性の信頼と愛情を受ける。一方で敵方に対しては尋常でない危機回避能カと人間業とは思えない動作で、「プロ」の暗殺集団をも翻弄してしまう。

 隆慶一郎の作品群で底流をなす「傀儡」「漂泊の民」または「道々の輩」と呼ばれる者たち。狩猟民族から端を発し特殊な技量を持ち、一定の場所に定住しないため、日本の「土地」社会の体制からはみ出た人々。仕える主上天皇家のみとした一族として、隆慶一郎は独自の解釈で描いていく。

 そんな血を引いて真っ直ぐに、能力を存分に披露して生きる忠輝にとって、「真っ直ぐでない」心を持った人間たちは目障りこの上ない。「みにくいアヒルの子」として生まれた忠輝だが、成長して白鳥の姿を表わしたとたん、自分の思いと離れて周囲はその「白鳥」を利用しようとし、取り押さえようとする。

 突出した能力の持ち主が、よりによって「天下人」の家系に、しかも6男として生まれた悲劇。それは剣士としての才能が有り余るのに、足利将軍家に生まれてしまった「剣豪将軍義輝」の悲劇と重なる。

 しかし白鳥は、そんな周囲の思惑とは無関係に「空の青 海の青にも 染まず漂う」。

 

*家康の正室、側室と子供たち(家庭教師のアルファより)

 

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