小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15-2 捨て童子・松平忠輝 ② 隆 慶一郎(1989)

【あらすじ】

 江戸に戻った松平忠耀と知遇を得たイエズス会修道士のソテーロは、教義を普及するために忠輝を利用しようと考える。キリスト教については理解させるに止め、まずはヨーロッパの先端科学を教えた。忠輝は特に医学について興味を持ち、ラテン語を習得して知識を吸収する能力にソテー口は驚く。街中で身分を隠し、貧困の民たちに最先端の治療を施す忠輝を見て、塊偶たちは忠輝を守ろうとし、二代将軍徳川秀忠と柳生軍団は、再度命を奪おうとする。

 

 そんな姿を見て、家康は忠輝を早くに見放し、猜疑心の強い秀志を後継に選んだことに後悔する。このままでは、秀忠が執拗に忠輝の命を狙うと感じた家康は、忠輝にスペインへの亡命を勧める。大名の身分も将軍の座も未練はない忠輝はこの話に飛びつくが、そんな時「大久保長安事件」が起きる。忠輝の家老、大久保長安が亡くなったが、金の棺の中から幕府謀反の証拠書類が発見された。二代将軍秀忠は、忠輝にも罪を着させて高田藩を改易にしようとした。家康は秀忠の後見人の大久保忠隣を巻き込んで、秀忠の思惑を封じた。改易は免れた忠輝だが、スペイン行きも流れてしまう。

 

 ついに徳川と豊臣が対決する。豊臣家の存続を考えてきた家康だが、淀殿がことごとくはねつけてしまい、選択肢は「戦」しか残らない。対して将軍秀忠は、豊臣家が残ったままでは大名を束ねる自信がなく、強硬に大坂攻めを推し進める。一方忠輝は秀頼との約束を思い出していた。子供の約束だからこそ守らなければならないと忠輝は思うが、約束を守ると高田藩は改易になる。結局は藩では戦うが忠輝は戦場に出ないこととする。

 

 

 大河ドラマ独眼竜政宗」で松平忠輝を演じた真田広之(妻五郎八姫役は沢口靖子)。義父役の渡辺謙とは一歳違いですが、当時は真田広之の方が格上でした(NHK)

 

 大坂城落城が迫った日、忠輝は1人城に忍び込み秀頼に会いに行き、あの日の約束を守ったことを伝え、秀頼と酒を酌み交わす。その友情に感謝する秀頼は、淀殿に従い続けた日々を後悔しつつ、最後は母と一緒に死ぬことを決意していた。忠輝は千姫を家康の元に送り、命乞いすることを勧めるも、鉄砲を打ち込まれて秀頼は覚悟を決めた。忠輝はその死を見届けて城から脱出する。  

 

 大坂の陣が終わると、秀忠は忠輝を無理やり改易させようとする。家康は勘当することで忠輝と藩の繋がりを排して、双方とも生かそうとしたが、秀志はもう制御が効かなくなっていた。秀忠は、鷹狩りに興ずる家康と共に忠輝を殺害しようと柳生軍団を襲わせる。対して忠輝は備えを固め、家康も舌をまくような策を練って、柳生軍団を返り討ちに遭わせた。

 

 家康は忠輝を秀忠から守るために、秘蔵した金2百万両を忠輝に渡し、10万とも言われるキリシタン軍隊を匂わせ、無理に忠輝を攻めたらただでは済まない、と秀忠に「脅し」を仕掛けて亡くなった。忠輝は25歳の若さで伊勢国に流されるが、家康から「秀忠よりも生きろ」と言われた通り、92歳の生涯を全うした。

 

【感想】

  1682年、秀忠どころか5代将軍綱吉の時代、92歳まで生きた忠輝だが、本作品で描かれているのは25歳で配流されるまで。ここではまず「鬼っ子」の忠輝が、秀頼との14歳の約束をひたむきに守ろうとしたことに魅力を感じる。

 人生のほとんどを大坂城で過ごし、意思決定を母親にゆだねられた秀頼。忠輝はそんな秀頼に二条城への上洛を誘い、京の四条河原での傀儡たちの生き生きとした生活を見せて、秀頼の人生に一瞬の彩りを与えた。

 それは数少ない 「同類」と感じた仲間への友情なのだろう。なぜか本作品の10年以上後にリリースされた「secret base〜君がくれたもの〜」が頭の中を流れた。

 


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 天下人の子で大大名の当主が、最先端の医学を習得して、身分を隠して貧者に対して治療することも、ここでは不自然さを感じない。これらは粗暴だが多彩と言われた忠輝を基に、隆慶一郎が描いた主人公の造形によるものだろう。そんな「知識人」忠輝の能力を理解できるのは、当時の日本では家康くらいしかいない、というのも皮肉な話。家康も知識人を周囲に集め、南蛮の事情もウィリアムズ・アダムズなどから詳細に聞き取っていたという。江戸時代で60歳を超えても好奇心肝盛な家康もまた見事。

 そんな家康が、忠輝が柳生軍団に対抗する戦略を聞いて 「お前と関ケ原を戦いたかったよ」とぼやく姿は微笑ましい。「いくさ人」が認めるいくさの才能も有していたが、自らは仕掛けない忠輝。家康は忠輝に、信長、秀吉、家康と渡った「天下人の笛」を形見分けしていて、史実でも家康は忠輝に愛情を有していたとする説がある。

 

 忠輝は「みにくいアヒルの子」から見事な白鳥となるが、「アヒル」の兄は嫉妬し、白鳥を消し去ろうとする。家康は、家臣や傀儡たちは、魅力的な主人公を危機から守ることに必死となる。そんなストーリーは、やはり10年以上後に上梓された、村上春樹の「海辺のカフカ」を思い浮かべた。

 なお隆慶一郎は同時代を描いた「影武者徳川家康」を発刊する。こちらも読みごたえがあるが、(本作品以上に)虚構性が強いので、ここでは取り上げなかった。そしてこちらでも秀忠は「残念」に描かれている。

 

 

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