小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12-1 じんかん①(松永久秀) 今村 翔梧(2020)

【あらすじ】

 人間。「にんげん」と読めば一個の人。「じんかん」は人と人が織りなす間、この世の意味になる。

 

 父は厳しい年貢の取り立ての見せしめとして、無造作に首をはねられた。貧窮に喘ぐ中、母は子に自分の肉を食べるように伝え、首を吊った。残された九兵衛と弟の甚助は追い剥ぎの集団に身を落とした。その頭である多聞丸は「いつか自分の国を持つ」という夢を周囲に打ち明けるが、追い剥ぎの先で仲間とともに命を奪われ、九兵衛と甚助、そして少女の日夏が生き残った。

 

 3人は付近の本山寺に救われると、うって変わって、ささやかな作務をしながら、食事の心配なしに勉強をする、平穏な生活に包まれた。雄渾な書を書き物事を突き詰める性格の九兵衛を、和尚の宗慶は僧に向いていると考えるが、九兵衛は天台宗の理論より、真言宗の実践、即ち世の中が何かを知りたいと願う。なぜ寺の運営ができるのか、質問する九兵衛に対し宗慶は、阿波の三好元長を支援することで資金を得ていると答える。

 

 元長は武士を滅ぼし民の国を作ることを理想としている、と宗慶から聞いた九兵衛は、多聞丸の夢にも通じるその考えに共鳴して、元長と会うために日夏と別れて堺へと向かう。堺では宗慶から紹介された村野新九郎(後の武野紹鷗)の世話になり、流行になりつつあった茶の湯を教えられる。いかにして客が心地よい時を過ごせるか。そんな茶の湯の精神に触れた九兵衛から我執が消え、悪夢も見なくなった。

 

  松永久秀ウィキペディアより)

 

 1年ほどたち、ようやく三好元長が堺にやってきた。元長は九兵衛に、堺を端緒に武士を滅ぼして民政を広める夢を語り、子供たちが戦乱から避ける事ができるならば、自分は逆賊の汚名を着ても構わない覚悟を示す。心を打たれた九兵衛は名を松永久秀と改めると、元長の命で堺を自衛するため、大和国の豪族柳生家厳を頼って仲間を集い、500の足軽を組織して堺に戻る。堺に戻った久秀を迎えた村野新九郎は、名器「平蜘蛛」を譲り、茶の湯を極めるため、そして三好家と公卿の仲立ちをするために京へと向かう。

 

 久秀は知恵と外交で、弟の甚助は恵まれた体格と武芸の素質で、三好元長を輔弼する。元長は将軍の弟、足利義維細川晴元を擁して堺に上陸し、将軍足利義晴細川京兆家家督細川高国を相手に戦を挑む。久秀は500の足軽を従えて戦場に赴くが、そこには多聞丸の仇、坊谷仁斎がいた。強敵だったが兄弟で力を合わせて仇を取り、洛中を制圧することに成功する。「大物崩れ」と呼ばれたこの戦で、敗れて身を隠した高国を、久秀は子供を利用して高国を探し出した。高国は死の前に、民たちが自らの欲望を果たすことの恐ろしさを予言する。

 

 その民は、一向一揆という形で元長たちを襲撃する。今まで久秀を見知った者も含めて10万を超える大軍が迫る中、元長は自分の子を久秀に託し、阿波への退路を確保するのを見届けてから、自害する。

  *主君、三好元長ウィキペディアより)

 

【感想】

 下剋上の象徴と言える豊臣秀吉の親や家族のことは割合明確だが、松永久秀は親も不詳で、出自はおろか幼年期から三好家に雇われた経緯、そして家中で名をあげるまでの半生も明らかでない。斎藤道三宇喜多直家と共に日本の三大梟雄とまで言われ、三好家の家臣時代は「平蜘蛛」のように薄気味悪い存在。

 主君やその一族を徐々に追い詰めていき、自分が権力を掌握すると、家臣に対してはわずかなミスも許さずに命を奪い、老いても色欲に溺れ所構わず淫行にふける。そして「3大悪行」すなわち主君を葬ること将軍を謀殺すること、そして東大寺大仏殿の焼き討ちをしたことにより、その悪名は頂点に達した。

 但しそんな評判も過去の記録を見ると裏付けに乏しく、特に21世紀になってから歴史小説の特徴である「別のところに光を当てる」手法で、新たな松永久秀像が描かれるようになった。本作品はその象徴で、松永久秀の「本来の」姿を、その本質を同じくすると思われる「織田信長の回顧」という形を取って描かれていく。

 余りにも悲惨な境遇の少年時代を過ごしたためか神も仏も信じず、合理的な探求心で物事の「本質」を掴もうとする松永久秀の性格。それは迷信や祟りを信じないで、不思議なものに対してはその原因を究明するまで許さず、それが詐称や偽りと知ったときには、断固した対処を行うことで、織田信長と重なる。

 本作品では三好元長を、松永久秀を世に出した主君として描かれている。その人物像は、天野純希の筆による「覇道の槍」で描かれた元長と重なる。武士の世を終わらすために天下を望み、久秀はその望みに共感して元長に尽くすが、それか途中で挫折する。「覇道の槍」ではその原因を、戦乱に巻き込まれ、目の前の戦しか見られなくなったことを挙げているが、本作品では「民」の本当の欲望とは何かを問いかけ、その民から「裏切られる」ところに工夫が感じられる。

 

 三好元長という後ろ盾を失うことで、松永久秀はその後自分の力で、戦国の世を渡り歩くことになる

 

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