小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 忍びの女【忍び⑥:福島正則編】(1975)

【あらすじ】

 豊臣秀吉薨去した後の話。秀吉子飼いの清洲城主、福島正則は豪胆で知られるが、一目惚れした妻於まきには頭が上がらない。妻を思い通りに抱くこともできず、盗み酒をすれば大薙刀で追いかけ回される始末。むしゃくしゃして遠駆けをした時、狼藉者が女を手込めにする場面に出くわす。正則は戦塵で鍛え抜かれた大音声で一喝して女を助けた。女の名は小たま。実は小たまは、徳川の息がかかる甲賀の中の伴忍び。先代頭領の娘で、今の頭領・伴長信の姪にあたる。

 

 小たまの目的は色仕掛けで福島正則に取り入って、豊臣方と言える福島家の内情を探る事にあった。小たまが見る限り、福島正則は物事を深く考えることができず、裏表がなく直情径行で、情勢分析は加藤清正に頼りきり。家中も主君同様、戦場での駆け引きしか知らぬものばかりで、忍びを警戒する様子もない。

 

 徳川家康は豊臣家に代わる天下人への野望を隠さなくなり、それを石田三成が阻止しようとしていた。そこへ石田派と目される上杉景勝が家康に手向かう姿勢を見せて、家康は対抗するため上杉討伐の軍を発する。だが、これは家康の一生に一度の大きな賭けであった。この軍が東征した留守に乗じて三成が大坂で挙兵すると読み、三成を討伐することで一気に天下の権を握ろうと企んでいた。

 

 その一方で、伴忍びの井之口万蔵が裏切った情報が入る。小たまは独自に情報を集め、伊那忍び、すなわち真田家の忍び達と通じていることが判明する。どうやら伊那忍びは家康の首を狙っているらしい

 

  福島正則ウィキペディアより)

 

 家康の読み通り、ついに石田三成が挙兵する。家康が天下を獲るためには、上杉討伐の軍を石田三成征伐へと振り替えて、軍勢を西に反転しなければならない。家康に従う武将たちは、豊臣家に縁の深い福島正則の動向に注目する。その福島正則は、敵は豊臣秀頼ではなく石田三成だとして、真っ先に家康に従う意向を示し、徳川軍を引っ張っていく。

 

 正則は関ヶ原でも獅子奮迅の戦いを繰り広げ、石田三成率いる西軍を敗走させた。戦場の家康に伊那忍びが襲いかかるが、女中に紛れた小たまの慧眼で、寸での所で危機を回避する。

 

 関ヶ原の戦いから8年が経過した。福島正則関ヶ原の戦功で、清洲24万石から安芸49万8千石に倍増された。しかし徳川政権は邪魔となった豊臣家に圧力をかけていく。本来豊臣家の為に一命を投げ出す立場の福島正則。しかし家康から加増を受けた上、家臣を養う立場にも縛られて、身動きが取れなくなった。何もできない自分に不甲斐ない思いに暮れ、家康に従った関ヶ原の戦いを後悔する。

 

【感想】

 豊臣治世から徳川政権にかけて、歴史上の「狂言回し」となってしまった福島正則を、徳川側である甲賀忍びの小たまの視点から見つめる作品。福島正則は秀吉の数少ない縁者として幼少の頃から大切に扱われ、正則もその期待に応えて「賤ヶ岳の七本槍」などで武勇を発揮した。但し頭脳については秀吉から「汝の頭のはたらきは、1つきりじゃ」と言われ、寧々からも秀吉や加藤清正が本を読んで勉強していることを説くも、最後まで自分の頭で考えることができなかった。

 豪傑である反面、「一目惚れした」妻には頭が上がらなくて側室を作ることもできず、外でウサを晴らすまるで子供のような性格に描いている。そのため女忍びの小たまに簡単に御せられ、ましやて徳川家康の深慮遠謀には到底及ばず、手のひらの上で踊る姿が哀れにも感じる。

 

 

 *映画「関ヶ原」では、音尾琢真が粗暴な福島正則を好演しました(公式Xより)。

 

 そして徳川家康は正則に用がなくなると「手のひらを返す」。家康にとって加藤清正は、豊臣家が滅亡する前に何としてもこの世にいては困る存在だったが、清正亡き後の福島正則は反対に歯牙もかけない。家康は関ヶ原の前、正則の機嫌を損ねないように、時には自分の家来を切腹させて詫びたほどの気遣いを見せた。ところが大坂の陣ではただ1人江戸で「隔離」されて身動きが取れない。

 関ヶ原の後、囚われた石田三成に対しては罵詈雑言を浴びさせた福島正則も、大坂の陣になってようやく三成の思いを察し慟哭する。縦横無尽の活躍をして名を上げた真田幸村には、「左衛門佐殿が、うらやましい」と泪を一杯にためて語る。「荒大名」と呼ばれた福島正則も、老いて牙を抜かれてしまった。

 そして家康の死後、「言いがかり」とも言える難癖を付けられて安芸49万8千石は没収される。家康と「歴史」に翻弄されて、「本来成すべきこと」を成さずに生き長らえた自分を恥じ、自暴自棄となる

 そんな男の姿を見る子たまは、当初は敵だが、秀吉から「汝の頭のはたらきは、1つきりじゃ」と言われた邪心を持たない心に「損得抜きで」好意を持つ。甲賀の忍びとしての最後の役割か、それとも運命を弄んだお礼とお詫びか、最期は福島正則の側に仕えて、安らかな「死に場所」を与えるのが救われる。

 いつもと違い徳川方の忍び、そして権力に翻弄された男の末路を描いた本作品。池波正太郎が描く他の忍びシリーズと、そして数多く発刊されている「関ヶ原」作品とも、また違った味わいを感じさせる。

 

 

 *1981年に放映された「関ヶ原」では、福島正則丹波哲郎が演じました。すごい迫力!(TBSより)