小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 戦神(戸次鑑連=立花道雪)赤神 諒(2019)

【あらすじ】

 大友家家臣の戸次親家(べっき ちかいえ)は、戦で大敗し主君の子を見殺しにしたとされ、謹慎を命じられる。また反逆した家臣への怒りから、主君はその娘で親家の妻であるお梅に死を命じる。子を宿していたお梅は命に従い、切腹して子を取り出して育てるようにと夫に託す。母の腹を割いて生まれた戸次鑑連(あきつら)は「鬼」として、周囲から恐れられる武将に成長する。

 

 戸次親家の長い謹慎が空けて、新しい当主大友義鑑からようやく貰った役職は、祐筆の見習い。利き腕を失った隻腕の親家は嘲笑の的となるが、夜を賭して必死に学んで、遂には主君義鑑のお気に入りの字を書くことで認められる。そんな姿を子の鑑連はじっと見ていた。

 

 名誉回復され大友軍の総大将に任ぜられた親家だが、出陣の前に病に倒れた。父の無念を鑑連は胸に抱き、代わりに総大将として戦場に赴く。元服前の14歳が歴戦の諸将を見下して指揮を執る姿に多くは反発するが、父と練っていた戦術を聞いて賛同した数少ない将を率いて、城を攻めて落城させてしまう。

 

 これにより戸次鑑連は主君から信頼され、家中でも重きをなしていく。幼なじみの入田親廉の娘、お道を嫁に求めるが、名門の入田家は戸次家を軽く見て重臣の家に嫁に出し、夫が戦死して出戻りになっても、今度は当主大友義鑑の側室にしようと画策する。

 

 そこで戸次鑑連は大友義鑑に直談判し、次の戦で勝った褒美にお道との婚姻を許してもらう。戦に勝った戸次鑑連は凱旋の帰路に入田の城に寄って「花嫁をいただきに参った! 降伏されい!」と叫び、最後まで嫁入りに反対していた入田親廉を「落城」させる。

 

  *戸次鑑連=立花道雪ウィキペディアより)

 

 戸次鑑連は家臣たちと大酒を飲んで馬鹿騒ぎをしながらも、いざ戦いになると先頭に立って猛烈に戦う。怪我をしたら一生懸命薬を調合し、亡くなった家来に対しては家族に頭を下げに行く。そんな戸次家を、お道は夫を相手に激しい口げんかをしながらも陰に日向に支え、戸次家は大友家の柱石の役割にまで育っていった。

 

 そんな中「二階崩れの変」と呼ばれる政変が起きる。主君の大友義鑑が嫡男義鎮(宗麟)を廃嫡し、愛妾の生んだ塩市丸を跡継ぎにすると画策するが、憤った家臣が当主の義鑑と塩市丸を殺害する。愛妾の奈津は、お道の代わりに入田家の養女として側室に出した娘。そして入田家の当主親誠は、主君大友義鑑をそそのかした反乱の首謀者とされてしまった。

 

 実家の兄が反逆者となってしまい、お道は戸次家から身を引いて実家に戻る。そこへ新たな主君の命で戸次鑑連は入田の城に攻め「皆殺し」にする覚悟を決める。

*余り知られていない史実を取り上げたデビュー作。まさか大友家の物語がここまで続くとは・・・・

 

【感想】

 「大友二階崩れ」でデビューした(大分県ではない関西出身の)赤神諒の「大友サーガ」と呼ばれる作品群の1つ。戦国時代の名門大友家に生まれた数多くの忠臣たちを描く試みで興味深いが、作者本人は全部描いたら20作はくだらないと述べていて 、そこまで「くくる」気にはなれません (^^) ここでは一番有名な戸次鑑連(立花道雪を主人公とした本作品を取り上げます。

 

 自分の身を楯にした戦ったが誤解され、その後慣れない仕事に周囲から馬鹿にされながらも、必死に仕える父の姿を見てきた鑑連。長い時間を経てようやく父が名誉回復されて総大将に任命されたのに病で倒れたため、元服前の14歳が父の無念を晴らすため、3万の軍を指揮しようとする。但し14歳の子供が語る戦術は、攻める城を題材に親子で長年研究したこともあり、堂々としたもの。

 しかし八幡丸は「鬼の子」だった。初陣で見事勝利を飾り、その後も当たり前のように勝利を重ね、瞬く間に大友家の重鎮の位置を占めるまでになる。そして戸次鑑連を巡る女たちもまた「烈女」実の母は鑑連を助けるために、死罪に対して切腹してお腹の子を助ける。義理の母は鑑連が育つまでそのことは言わず、戸次家の家臣団を「母御前」として支える。「落城」して嫁いだお道は、いざという時は「鬼っ子」に対して一歩も引けを取らずに言い返しながらも、貧乏所帯の戸次家を支えていく。なかなか子でできない中、最愛の夫に側室を勧めるが、夫はそれを潔しとせずに、家臣を前に堂々とのろける

 そんな、大らかで時には「クスリ」と笑える夫婦の姿を描いてきたために、最後に最愛の夫婦が敵味方に分かれてしまう「不条理」は涙を誘う。親子二代続けて同じように妻を犠牲にしなければならない立場に追い込まれても、大友家に忠誠を誓う戸次家。それを受け入れた鑑連の母と妻。そしてお道の死後側室を持ち誾千代(ぎんちよ)という娘が生まれるが、誾千代もまた男勝りの「烈女」として育っていく(こちらはまた、別の物語で触れます)。

 鑑連はこの物語の後も活躍する。出家して道雪と名乗り、九州を転戦して大友家の領地を広げるが、主君宗麟は道雪が反対した島津征伐を強行する。道雪不在の中「耳川の戦」で大敗を喫し有力武将が死亡、以降大友家は衰退の一途をたどるが、道雪は最後まで大友家を支えて71歳まで戦場で戦って、病死した。

 

大友宗麟を描いた「古典」です。

 

 なお鑑連(立花道雪)には、雷があたり半身不随となりながらも、輿に乗って軍を指揮した伝説があるが、それは本作品で取り上げなかった。また妻お道も、「二階崩れ」で失脚した入田親誠の妹ではなく、娘という話もある。

 作者赤神諒は、大友家で長く続く忠臣たちの物語を「サーガ」として描きたいとしているが、家中では忠臣だけではなく裏切りや内紛も頻発している。作者本人も「フィクション」と述べている通り、想像の翼も働かせて、「大友サーガ」を描き続ける。