小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 悪党の戦旗(赤松一族の興亡) 岩井 三四二(2007)

8

【あらすじ】

 

 赤松家に仕える小寺藤兵衛は、出がけに妻から子供ができたと告げられる。父になる実感がないまま出仕すると、主人赤松満祐が将軍足利義教を屋敷に招き、そこで将軍を暗殺する計画が進行しているので、以降外部との連絡は禁止すると言い渡され、そのまま妻とは離れ離れになってしまう。そしてその日、将軍義教の謀殺は実行された。慌てる幕府に対して堂々と自国の播磨に戻る赤松家一行。但し時を経て有力大名の山名宗全を中心に、幕府軍が赤松家の領土を奪い取るために攻め込んでくる。

 

 恭順も効かずに赤松満祐と嫡子は切腹して、京でさらし首となる。残った家臣たちの中では意見が錯綜するが、小寺藤兵衛は苦しい中でも生き残って、将来赤松家を再興しようと仲間たちと決意する。但し赤松家の落ち武者狩りは思いのほか厳しく、妻の実家でもある伊勢の北畠家を頼って落ち延びたが、満祐の子産衣郎(教康)は北畠に囲まれて切腹。付き従った藤兵衛は、その最期を語り継ぐ役割を託されて逃げ延びる。

 

 同じく満祐の子の義雅は寄せ手の一手を務めていた赤松一族の満政に降参したが、義雅は満祐の子として自害させられ、当時9歳だった時勝(千代九)は出家して、近江国の寺で養育された。もう1人の弟則繁は将軍謀殺でも主導的な役割を果たしたが、再起を図って西へ落ち延び、さらに李氏朝鮮に渡り暴れまわる。その後日本に戻るが戦いに敗れ、潜伏先を攻撃されて乱の7年後に自害する。

 

 赦免され幕府へ出仕するようになった満祐の甥則尚は、将軍の側近として赤松家へ播磨国の返還が認められる。しかし時の実力者山名宗全がこれを認めず将軍義政に対抗する。則尚は好機ととらえて播磨で挙兵するが、山名軍によって鎮圧されて則尚は自害する。これは嘉吉の乱の13年後にあたる。

 

  

 *赤松家を再興した赤松政則ウィキペディアより)

 

 伊勢から逃げ延びたあと、ようやく妻と再会して奈良で農民をしながらも赤松家の動向を見ていた小寺藤兵衛は、赤松家の復興のためには武力ではなく、幕府が褒美を取らせるような働きが必要と考える。嘉吉の乱の2年後に南朝の遺臣が皇室の三種の神器の中の1つである「神璽(玉)」を奪う事件が起きていた。藤兵衛は神璽を奪い返し南朝の末裔を滅亡に導くことで、赤松家再興を目指す。

 

 最初に10人が奥深い吉野に潜入して一の宮(忠義王)の殺害は果たすも、神璽は奪い返すことができず大半が亡くなってしまう。失敗に懲りた藤兵衛は神璽を「盗み取る」ことに目的を絞り、1人で脱出路を事前に確保して見事盗み取ることに成功する。

 

 この功により近江の寺院で養育されて亡くなった時勝の子、赤松政則を当主として赤松氏の再興を認められ、加賀半国の守護に任ぜられた。この時、嘉吉の乱から16年が経過していた。

 

【感想】 

 南北朝時代足利尊氏が命からがら敗走して九州に落ち延びた際に、僅かな手兵で籠城して南朝方の大軍をくぎ付けにして尊氏の背後を守った赤松円心の活躍は、室町幕府創業に大きく貢献した。その赤松家が「嘉吉の乱」と呼ばれる将軍謀殺事件によって知行没収し絶家となり、家臣は路頭に迷う。

 将軍義教の有力守護大名への介入は多岐に渡り、残るは「絶対服従」の細川家と、「悪党」円心譲りで歯に衣着せぬ発言を繰り返して、将軍義教から煙たがられていた赤松満祐

 

南北朝時代に活躍した「悪党」円心を描いた傑作。本作品のタイトルにも関わっています。

 

 その後は【あらすじ】に書いてある通り、一族と家臣団は艱難辛苦を味わう。日本中に居場所がなくなり朝鮮で活躍した者もいたとは驚きだが、主君を謀殺して朝敵にもなった一族に生きる場所はない。死に様をどうするか、又は僅かな望みに賭けて、屈辱に耐えてお家再興を目指すかの選択肢しか残らない。これは室町版の 「忠臣蔵に通じる(偶然、同じ播磨国が舞台である)。しかし主人公と言える小寺藤兵衛の、周囲の熱狂に巻き込まれない冷静でかつ楽天的な性格は、本作品を重苦しい雰囲気から解放している。

 本来ならば「将軍殺し」でお家再興が叶うとは思えないが、父の暗殺にこだわらない将軍義政と、強引な性格で周囲に敵が多かった山名宗全に対する思惑が赤松家に利した。とばっちりを受けた南朝方も気の毒だが (それでも元々神璽は盗んだもの)、薄氷を踏む思いで神璽奪還をやり遂げて、かろうじて残った赤松満祐の玄孫にあたる政則を旗頭にしてお家再興が叶う。その姿は室町版「プロジェクトX」。

 その後応仁の乱赤松政則山名宗全と争い、元の領国であった播磨国守護の座を奪還することに成功する。政則は応仁の乱の後も細川政元に臣従して姉の安喜をもらうが、その後戦国時代になると播磨は織田信長の制圧下となり滅亡してしまう。そして神璽奪取に尽力した小寺家は赤松家の重臣として播磨の一郡を支配。戦国末期、家臣に黒田官兵衛が出て一時家名を回復するが、当主小寺政職は官兵衛を裏切り毛利方に寝返ってしまい、その後織田家が盛り返すと逃亡してしまった

 

 そして赤松家役落に端を発した小説がもう1つ、垣根涼介作「室町無頼」(2016)。赤松家家臣が改易後失意のまま亡くなり、その子は路頭に迷いながら日本最初の徳政令首謀者として記録された蓮田兵衛、同じく日本最初の足軽として登場した骨皮道賢らと邂逅して、棒術の技量を磨いて乱世を生き抜いていく。

 当時の世相を鮮やかに描くとともに、戦国の世が近づく印象をもたらす作品。