小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 D列車でいこう 阿川 大樹 (2007)

【あらすじ】

 55歳の河原崎慎平はメガバンクの支店長で、趣味は250CCのバイクを操ってのツーリング。気の向くままに西へ向かった先にある広島県のローカル線で、試運転列車が目の前で事故を起こした。同じ現場に居合わせた同じ年配の「撮り鉄」田中博と事故に対応するが、その後東京に戻ってからもこのローカル線「山花線」が何故か忘れられない。赤字路線で2年後に廃止が決まっている。だがその赤字額は毎年3,000万円。銀行マンとしての経験から、工夫次第で何とか赤字は解消できるのではないかと考える。

 東京で再会した撮り鉄の田中は、官僚OBで資産もあり、同じく山花線を何とかしたいという気持ちで意気投合する。そこへ河原崎の部下で、MBAの資格を独力で取得したが、銀行では持て余し気味に扱われている深田由希が加わり、ついに廃止決定のローカル線再生計画が動き出す。そのために3人が設立した会社の名前は「ドリーム トレイン」。D列車として再生すべく、様々なアイディアと絞り出して実行し、3人は過疎の地域を巻き込んでいく。しかし路線の廃止は議会で決定済。果たして3人の熱意は議会を動かすことができるのか。

 

【感想】

 作家の阿川大樹は東京大学教養学部卒業。その在学中に劇団「夢の遊眠社」を立ち上げる。技術者としてNECやアスキーなどを渡り歩いて、半導体関連会社をカリフォルニアで設立。会社解散のあと「天使の漂流」で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞。「覇権の標的」で第2回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞する・・・・どれか1つを取っても立派な経歴であり、ある意味大変忙しい人生を送っている。

 そしてタイトルの元となった「A列車で行こう」は1980年代から製作されているゲームソフト。当時流行りの都市成長ゲームと経営戦略が必要とされた内容で、現在まで続くシリーズとなっている。本作品の「主題」を考えると、まさに相応しいタイトルと言える(私もお世話になりました)。

   *懐かしい初代!(ARTDINK HPより)

 

 本作品は過疎の町の象徴であるローカル線を再生する物語だが、小説の前半は意外と主人公・河原崎慎平の人物に焦点を当てている。大学の恋愛経験から銀行を選んだ経緯。そして銀行では冷めた目で仕事をしていたおかげでバブル崩壊の影響が少なく、出世には余り興味がなかったが都内の支店長まで出世。そして子会社の役員に天下りとまずまずの銀行員生活を終えようとしているが、果たしてこのままでいいのか立ち止まって考える。この辺は、メガバンクの支店長になるのはそんな甘くはないと思え、中々本題に入らないなと感じた。

 但しこんな河原崎の人生は、一時は活躍したが過疎となり、乗客が減少して役割を終えようとしているローカル線の歴史と重なる。鉄道マニアでない河原崎がどうして山花線から心が離れないのか。その理由を説明する記述はないが、どこのローカル線も人生と同じように、まずは必要とされて誕生して活躍するが、そのうち若者が都市に流出してしまい、次第に役割を終えようとする歴史がある。そんな状況の中でローカル線を再生する物語は、ゲームの通り鉄道会社の経営を把握しつつも、周囲の環境を変えて需要を生み出し、人を集めて最終的に乗客を増加させることが必要になる。

 本作品は若くてアイディア豊富、そして実行力のある深田由希を先頭に出して、それを60歳手前の河原崎と田中が実務面で影から支える構図を取っている。やはり若者が中心とならなくては、地域の継承、そして事業の継承はできないが、そんな中でもシニアにはシニアの役割があることを示している。それは過疎地でも同じであり、ローカル線でもまた同じである。「そんなにうまく行かないよ」と言うのは簡単だが、実行しなければわからない。本作品はローカル線を再生する問題だが、同時にシニアの第二の人生の物語でもある

 

*同じくローカル線の再生に向けて、若き女性が奮闘する物語。こちらも必見!