小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 安積班シリーズ 今野 敏 (1988~)

 

 主役の安積警部補の人物設定が長期シリーズに向いている。仕事に熱心なため離婚歴があるが、娘との関係は良好で元の妻とも最近では食事も一緒にするまで仲は回復している。しかし本当にくっつくかどうかは、ストーリーの進行上じらしている印象。事件に真摯に誠実に取り組み、部下にも仕事には厳しいが意見をよく聞き、そして過ちは過ちと認め、謝るべきところは謝る。まるで「ご飯」のような安定感のある存在

 そして「ご飯のおとも(?)」も多種多彩で、読者を飽きないように設定させている。

 安積と同期の速水警部補は交通課で飄々とした印象の白バイ野郎だが、その職務よろしく神出鬼没に必要な場面に現れる。そして事件を斜め上からの視線で、ともすれば視界が狭まりがちな安積にアドバイスを送る。その実は原理原則主義者で軸はブレず、安積の信頼も厚い。

 村雨巡査部長は「ザ・刑事」の設定。安積警部補の下で仕事を回し、部下には厳しい指導を行う。捜査は基本に忠実。嫌われ役だが、このような人物は組織には必要。厳しく指導された部下も、外に出てからその指導の意味がわかる、そんな存在。

 須田巡査部長村雨と対照的で、ぽっちゃり体型であまり機敏でないが、勘は人一倍鋭い。そのためとんでもない方向から真相を「ぶち当てる」場合が多い。本人は勘の根拠が乏しく自信がないが、その背後にある博識の知識は相当なもので、安積警部補もその才能を認め、捜査が行き詰った時に頼りにする。

 須田と同期の水野真帆巡査部長は、途中から安積班に合流した鑑識課出身の美女。そのため現場にいち早く派遣され事件の状況を確認し、また鑑識とのつながりもあるため初動調査で情報を拾い集める。同期の須田と「美女と野獣」だが、須田の控えめな気持ちに反して(?)一目置いているところが微笑ましい。

 石黒鑑識係長は常に多忙で、捜査班からの無理な要望に対し、グチグチ言いながらも応えようとする。但し部下思いのためか、時々爆発することも。安積には一目置いている。

 サツ回り記者の山口友紀子。こちらも美女で安積警部補に熱い視線を送りつつ取材をする。スクープもものにするが時には男性社会の中で悔しい思いも。同じ立場の水野真帆と二日酔いになるまで飲むシーンは秀逸。

 

 初期はお台場がまだ埋め立て地だった「ベイエリア分署」から、一旦渋谷に戻る「神南署」と、ともに隣接する警察署との捜査の軋轢の中で自分を通す安積警部補が描かれているが、お台場に戻った東京湾臨海署からは、ライバル視する相楽が登場するが意に介せず、安定した展開となっている。

 これだけのシリーズのため作品は一つに絞り切れない。ここで大急ぎで「一部」の紹介をすると、長編では3作品を。

 須田巡査部長の「特技」が発揮された「半夏生」。

 安積の盟友、速水警部補が容疑者となる「晩夏」。

 安積班が過去に扱った事件が捜査に鍵となり、安積警部補が自身の冤罪事件に向き合う「潮流」。

 

 以上が私のお気に入り。とは言え、どの作品も水準以上は保証する。短編では

 新しくなった臨海署と新加入の水野巡査部長の紹介を兼ねた「烈日」。

 安積警部補以外の人物に焦点を当てた「捜査組曲」。

 安積警部補の若かりし頃から現在までの「できるまで」の姿を描いた「道標

 

 の3つを挙げるが、シリーズ全20作になろうとする作品群の中の一部。

 特に短編の構成は、時間や季節、音楽などに合わせた「コンセプトアルバム」のように凝っており、シリーズを読めば読むほど、その登場人物が浮き彫りになる。短編はやや苦手は私だが、作品一つ一つが楽しめ、かつ1冊読んでの充実感も感じられる。東京のベイエリアという無味乾燥な中にも作品に季節も取り入れて、読後感はなぜか藤沢周平の江戸時代を舞台にした短篇作品に通じるものもある

 未読の方は最低でも東京湾臨海書シリーズ初回の「残照」から、出来ればその前二つの「警視庁神南署」と「神南署安積班」から是非始めてください。

 

【安積班シリーズ】

ベイエリア分署シリーズ~まだ湾岸が開拓途上の時代。各署の応援に駆り出されます。

 1 東京ベイエリア分署「二重標的(ダブルターゲット)」 (1988)

 2 虚構の殺人者 東京ベイエリア分署 2 (1990)

 3 硝子の殺人者 東京ベイエリア分署 3 (1991)

 

神南署シリーズ  ~湾岸から都内に。ここでも管轄の狭間で右往左往します。

 4 蓬 莱 (1994) *PCソフトの話で安積さんは脇役。傑作「三体」の先駆的作品?

 5 イコン (1995) *こちらはバーチャルアイドルの話で、警察小説とは離れた印象。

 6 警視庁神南署 (1997)

 7 神南署安積班 (1998)

 

東京湾臨海署安積班シリーズ ~湾岸が開発されて、安積班が丸ごと戻ります。

 8 残 照 (2000)

 9 陽 炎  東京湾臨海署安積班 (2000)

 10 最前線  東京湾臨海署安積班 (2002)

 11 半夏生  東京湾臨海署安積班 (2004)

 12 花水木  東京湾臨海署安積班 (2007)

 13 夕暴雨  東京湾臨海署安積班 (2009)

 14 烈 日  東京湾臨海署安積班 (2010)

 15 晩 夏  東京湾臨海署安積班 (2013)

 16 捜査組曲 東京湾臨海署安積班 (2014)

 17 潮 流  東京湾臨海署安積班 (2015)

 18 道 標  東京湾臨海署安積班 (2017)

 19 炎天夢  東京湾臨海署安積班 (2018)

 20 暮 鐘  東京湾臨海署安積班 (2020)

 * 安積班読本(短編「境界線」収録) (2009)

 

*ドラマもかなりな長期間のシリーズになったようです(私は未見です)。