小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 隠蔽捜査シリーズ 今野 敏 (2005~)

 

 安積班シリーズと双璧をなす人気シリーズ。しかもデビュー作の新人賞以外は「無冠の帝王」だったが、このシリーズではいくつかの賞も受賞した、話題性の高いシリーズとなっている。

 今野敏はそれまで現場の刑事を描いていたが、今回はキャリアの管理職、竜崎伸也警視長を主人公としている。しかも管理職にありがちな「上と下との板挟み」にはせずに、原理原則に基づく行動を信念とし、それに反することは例え自分の立場が危うくなっても決して曲げようとしない、一種の「変人」扱いとなっている(妻冴子からは「唐変木」と呼ばれている。但し「あなたは国家のために働きなさい」と発破をかけるしっかり者である)。しかもそのため(だけではないが)1作目で警視庁長官官房総務課長から大森署長に「転出」されている。

 ところがその「原理原則主義」は、周囲は時に厳しくも感じるが、上に変な忖度をせず下にも無用な圧力を与えない一種の平等主義につながっている。良い意見は意見したものの階級にかかわらず取り上げ、無駄な物は誰が言おうが排す。そのためには組織の軋轢はおろか、上層部から睨まれるのも厭わない。その姿に竜崎の信念は少しずつ、波紋のように周囲に広がっていく。軸はブレないので、周囲は判断も迅速に行えるようになり、そして動きやすくなり、ひいては組織がうまく回っていくようになる。その変化をシリーズの2作目から7作目の「大森署長編」で見事に描かれている。

 ある時は家庭内での面倒に巻き込まれ、内心は悩みを抱えている。この辺で竜崎は特別のようでいて、普通のサラリーマンのお父さんと同じだな、と読み手に思わせる。またある時には事件が立て続けに発生しても、上司から責められても取り繕うことなく、警察署内ではいつもと同じ姿勢で仕事をする。特に短編集である「自覚 隠蔽捜査5.5」は、そんな大森署内で竜崎署長の「信念」が署員のそれぞれに浸透し、それぞれが独自の判断で行動するように成長する様子が描かれている。

 

 *元暴走族の素性を隠さない杉本哲太が、東大卒キャリア警察官僚を見事に演じました。

 

 同期で幼馴染の伊丹警視庁刑事部長は私立大出身のため警察内では非主流派。それまでは竜崎はエリートの本流を歩んでいたため目上のような立場だったが、竜崎が転出したことで同じ階級ながら微妙に上下関係ができる。そのため微妙に責任を押し付け、また微妙に手柄を横取りしようとするやり取りが可笑しい。竜崎から見ると「組織内の処世術」に長けているとなるが、それだけではない仕事上の信頼関係もある。「清明 隠蔽捜査8」で竜崎が「責任を取るのは伊丹と俺だ」と捜査陣に檄を飛ばして膠着状態を打開するシーンは、シリーズを通しての見せ場の一つ

 第2方面本部管理官の野間崎は、同本部長の秘書官で、人を見る物差しが上下関係しかない人物。本部長の威光の傘を借りて「現場」の大森署長である竜崎に居丈高に振る舞うが、竜崎は相手にしない。当初はそんな竜崎に不満でいやがらせも画策するが、次第に竜崎の実力を認めるようになる。

 警察内ならまだいいが、大森署長として参加した地元住民との会合では、警察への要望に対しても遠慮容赦なしに、その要望がいかに滑稽で非現実的なものかを延々と「論破」してしまう。一時が万事そんな調子で、場合によってはSNSで炎上になるか、メディアが騒ぐかもしれない。それでも原理原則を押し通す竜崎。

 現代社会では、大半の人間は上に追従し下にはこびて、右顧左眄(うこんさべん:周囲を気にしてためらい迷うこと)するために言動が萎縮するようになっている。そんな風潮の中で「原理原則」を押し通す竜崎の人間像は、現代の「ヒーロー」に映る。警察小説では異例とも言える主人公の人物像。第1作を読んだときはここまで続き、そしてここまで評判を呼ぶとは思わなかったが、今野敏は本シリーズで見事に時代のニーズを「打ち抜いた」。

 

 

 隠蔽捜査 (2005) 官房総務課長のエリート竜崎伸也警視長は、息子の薬物疑惑と対峙する。

 果断 隠蔽捜査2(2007)大森警察署長に左遷された竜崎は、立て籠もり事件を前線で指揮する。

 疑心 隠蔽捜査3(2009)アメリカ大統領来日に対応を追われる中、後輩のキャリア女性に心を奪われる。

 初陣 隠蔽捜査3.5(2010)ライバル伊丹刑事部長からみた竜崎は、敵わない相手と感じていた。

 転迷 隠蔽捜査4(2011)大森署管轄に重要事件が立て続けに発生するが、竜崎は全く動じない。

 宰領 隠蔽捜査5(2013)政治家の失踪事件の捜査を依頼された竜崎は、閃きで局面を打開する。

 自覚 隠蔽捜査5.5(2014)原理原則を押し通す上司竜崎署長の意識が浸透した署員たちの活躍を描く。

 去就 隠蔽捜査6(2016)機能的なストーカー対策の指令を受けた矢先に、関連事件が発生する。

 棲月 隠蔽捜査7(2018)電車や銀行システムが故障している中殺人事件が発生。竜崎の人事をも巡る。

 清明 隠蔽捜査8(2020)神奈川県警刑事部長に移動した竜崎は、不祥事が多い中、自分のやり方を通す。

 探花 隠蔽捜査9(2022)米軍絡みの事件が発生する中、同期トップ成績の警察官が県警に赴任する。