小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 99%の誘拐 岡嶋 二人 (1988)

【あらすじ】

 昭和43年9月、当時幼稚園に通っていた生駒慎吾が誘拐された。父親の生駒洋一郎は半導体製造会社イコマ電子の社長で、当時技術力には定評があったが、提携先の不手際で被害を受けていた。会社を守るために独立を決意、洋一郎は私財5千万円を掻き集めて勝負に賭けようとしたが、そこに息子の誘拐事件が発生してしまう。

 身代金として5千万円を使い、息子は無事戻ってきたが、会社は吸収合併され、洋一郎は失意の内に亡くなる。その19年後、誘拐された慎吾は成長して、事件の真相を知ることになる。当時イコマ電子を吸収しようと目論んで断られた会社が仕組んだ罠だったのだ。何も知らずにその会社に勤めていた慎吾は、犯人たちへの復讐を始める。

 

【感想】

 「バラバラの島荘」に対し「人さらいの岡嶋」。ミステリー作家は嫌なニックネームを付けられるが、これは「褒め言葉」なのだろう。印象的な誘拐物をいくつも発表した岡嶋二人が、集大成として本作品を書き上げた(ちなみに文庫本となって再評価されたらしいが、何故? コスパが良いからか?)。

 内容はまず19年前の誘拐事件における父洋一郎の「手記」から始まる。この「手記」は臨場感があって、誘拐事件を描く物語として真に迫ってくる。本筋のきっかけに過ぎないはずだが、これだけの物語を持ってくるのは、さすが「人さらいの岡嶋」。

 そして19年後の誘拐事件。特徴はコンピューター制御による誘拐の「遠隔操作」。父親の手記では誘拐事件の「王道」を描いたが(とは言え、そちらも事実は王道とは言い難いが)、こちらでは誘拐の「新機軸」を打ち出した。読んでいて「こんなに上手くいくか」と誰もが思ったであろう感想を私も持ったが、同時に当時の限られたコンピューター技術の中でよく考えられている。理屈が通れば説得力は与えられる、それがミステリー。その点で本作品は要件を満たしている。

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 ただこの特徴は「新機軸」を打ち出す目的以上に、犯人の動機から誘拐事件の特徴である「グループ」ではなく、単独で犯行を行う必要があったためと考える。誘拐は、その実行及び監禁する役割の人間と、相手側への接触・脅迫や身代金の受領などで、(人質を殺害しない限り)複数による犯行が必要になる。

 このことは、文庫本の解説で西澤保彦も触れているが、当時の「岡嶋二人」の関係も影を落としていると感じる。コンビの1人、井上泉(後に井上夢人)が書いた「おかしな二人 岡嶋二人盛衰記」には、日本では珍しいコンビの作家が、江戸川乱歩賞を受賞するまでの明るく前向きな2人に描かれているのとは対照的に、受賞した後は創作活動の過程でコンビの心のズレから葛藤、そして不満が溜りだんだんと破局に近づく様子が(井上夢人側から)赤裸々に語られている。

 当初コンビを引っ張っていたもう一人、徳山諄一が、競馬の知識を生かして乱歩賞受賞作「焦茶色のパステル」(ちなみに主人公は女性2人の「コンビ」)などのアイディアを出していたが、だんだんとプロットが粗雑になり、叙述側の井上が不満を持ち始め、ついには一人でプロットから叙述まで担当することになり、コンビは解消される。本作品は2人で意見を交わしたというが、コンピューター知識では当時ミステリー界でも随一と言っていい、井上のアイディアが主導になったと思われる。

 とは言え実働7年間を驚異的なペースで作品を発表し続けたのは、「二人」だったからというのも否定できない。岡嶋二人は日本ミステリー界におけるエポックメイキングと言っていいだろう。そして本作品は当時38才の井上が、やや屈折した情熱を傾けた作品。その姿は誘拐事件を単独で、情熱を傾けて取り組んだ生駒慎吾と重なってしま

 

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*コンビの内幕を赤裸々に描いた「岡嶋二人盛衰記」。エラリー・クイーンのようにコンビで長く続けたのは「例外」だったのだな、と感じさせられる。