小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 親指のうずき (トミ-・タペンス:1968)

【あらすじ】

 トミーとタペンスの2人は、トミーの叔母エイダを訪ね、老人ホーム『サニー・リッジ』へ足を運ぶ。トミーが叔母と話している間、タペンスはこの老人ホームに住むランカスター夫人と話をする。ランカスター夫人は、話の途中で突然「あれはあなたのお子さんでしたの?」と尋ね、暖炉の奥に子どもがいると話し出す。

 3週間後エイダは自然死する。葬儀を終えて遺品を引き取りに行った2人は、ランカスター夫人が突然ホームを立ち去ったことを知る。エイダの遺品には、ランカスター夫人から譲られた、川辺に建つ家を描いた絵があった。タペンスはその絵に不思議な見覚えがあることに気付く。タペンスはランカスター夫人の行方を捜すが、すぐに行き詰まり、ランカスター夫人が何か事件に巻き込まれたのではないかと訝る。

 この少し後、トミーは国際会議に出かけ、ひとり家に残ったタペンスは、汽車から絵の家を見た記憶を思い出し、記憶と地図を元にこの家がある場所を絞り込む。

 

 【感想】

 トミーとタペンス物からもう1つ。前作「NかMか」から27年経過しており、2人とも老人と言っていいほどの年齢になっている。とは言え2人とも、特にタペンスは好奇心旺盛な性格は相変わらず。娘は父に「おかあさんを見張っていなくちゃだめじゃない」と叱るのに対して、父は娘に「おまえのおかあさんを見張れる人間なんで、この世にいるものか」とこぼす始末。トミーが「国際合同秘密機関連合 (International Union of Association Security:まるで「寿限無寿限無」だねww)」の会議に出かけたあとは、残されたタペンスが、自分の記憶を頼りに一人でその家を捜索する。

 このようにユーモアを交えた内容は27年たってもかわらないが、物語の展開は、3年後に発刊され、さきに紹介した「復讐の女神」と同じ軌跡を描く。最初は事件が起きるのかどうかさえわからない。ところがタペンスは、マクベスの台詞「なんだか親指がずきずきするよ。やってくるんだ、邪悪なものが」と感じて、事件が起きる前に先んじて行動している。絵に描かれた家をついに見つけ、薄皮を1枚1枚はがずように真相に近づくところで、危険が訪れる。そのためか作品の前半は「騒がしい」タペンスのパートの割には、ちょっと落ち着いた、不安感が全体を覆う印象も受ける。

 ここでトミーのパートに移る。絵の話題だけを手がかりに、タペンスと絵の秘密を追っていく。偶然と、優秀な使用人のアルバートにも助けられて、真相に迫る材料が集まっていく。襲われた衝撃で「逆行性健忘症」に陥っていた(!)タペンスとも合流し、その家の背後にある犯罪に迫る。

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 そして現れる真相。「やってくるんだ、邪悪なものが」の台詞通りの登場は、「復讐の女神」を読んで経験したものと同じ戦慄を覚える。それまでの展開がやや抑えめだったためか、衝撃度は大きい。

 名作「終わりなき夜に生れつく」の次に刊行された作品。「色・金・名誉」を中心に犯人の動機を見つめてきたクリスティーが、新たにたどり着いた犯罪者の心理を描いた作品。そしてこの作品に手ごたえを感じたクリスティーは、今回のテーマがより活きると思われる、「ネメシス」マープルを使って構想を練り直して、3年後に「復讐の女神」を書き上げた。