小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 ギリシヤ棺の謎 (1932)

 

【あらすじ】

 画廊を営むハルキスが心臓発作で死亡した。遺言状で相続が決まっていたが、死の直前に書き替えた遺言状が紛失する。遺言状の捜索に派遣された大学卒業後間もないエラリーは、遺言状はハルキスの棺にあるのではないかと指摘する。そして掘り起こした棺には見知らぬ男の遺体が入っていた! エラリーの推理で容疑者を推測するも、それは新犯人の偽装工作によるものであり、秘書の証言でその推測は否定される。

 新しい情報により他の容疑者を推測するが、その容疑者も殺害されてしまう。警察は追い詰められた容疑者が自殺したと見なすが、エラリーは真犯人によって射殺されたと推測。そして別の容疑者が浮上する。

 事件は二転三転。そして紛失したダ・ヴィンチの絵画の行方も絡んで、ロンドンを跨(またが)る捜査へと広がっていく。

 

【感想】

 初読の印象は「全く歯が立たない」(笑)。謎が謎を呼ぶ複雑な構成は、霧に囲まれた堅牢な城塞(まるでバベルの塔)のようで、その全貌が見えない。初読は旧訳の創元推理文庫だったが、そのあらすじには「エラリーが巴投げを決める」と書かれていた。犯人に何度かやり込められたエラリーが最後にやり返す意味だが、当時私はホームズの「バリツ」よろしく、名探偵は武道にも精通していると思っていた。そのため読んではつまづく度に、頭の中で背広姿のエラリーが巴投げをするシュールな画が浮かんでいた。当時は素直な年頃だったのだ(笑)。

 新訳で改めて読んでみると、霧はちょっと晴れた感じ。棺の中に、見知らぬ男の遺体が発見されるという衝撃的なシーンから物語は始まる(これと似たシーン、ホームズの短編でみたぞ!)。パーコレーターを巡る推理の展開はゾクゾクさせられたが、正直、エラリーのここでの容疑者の推理はトリッキーな印象。この論理に先鋭化した推理は、まだ「神の目」を持つ以前のエラリーの設定をうまく表現しているようにも見える。

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  なお前項の「オランダ」で「容疑者が次の被害者となる」と書いたが、ここで取上げた容疑者は警察サイドから見る容疑者であって、「オランダ」もまた別の作品も、探偵から見る犯人(像)はぶれていない。

 ところが本作品は、探偵エラリーが推理する犯人像が二転三転している。「オランダ」で読者への挑戦の1つの形式を完成させたクイーンは、本作で「多重推理」を描きたいがために「優秀な」犯人を必要とし、また探偵エラリーも、大学卒業直後の「神の目を持つ夜明け前」の設定にしたのだろう。

 だが、そう考えると1つ疑問がある。最後の「巴投げ」のシーン。13歳の私から見てもあれだけ危なっかしい罠を張るやり方(「フランス」どころではない)を、エラリーは父リチャード・クイーン警視に内緒で警視の部下に指示をしている。「踊るクイーン捜査班(ダンシング・クイーン:by 飯城勇三)」の面々はそれを納得したのか。大学卒業直後の部外者で、本作品ではその前にミスもしている。父リチャード警視がご立腹になるのも当然である。

 年を経て新訳で読み直しても、この「堅牢な要塞」の攻略はできなかった。その後「エラリー・クイーン論」(飯城勇三著 論創社)を読み、何とか理解を助けられた。

 ここまでくるともう攻略法であり学術書。ネタばれ全開であるが、私のように全貌が見えない人は是非一読を。