小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 シャム双子の謎 (1933)

【感想】

 インディアン居住区に聳(そび)えたつ「アロー・マウンテン」。休暇でドライブしていたクイーン親子は突然巻き起こった山火事に巻き込まれ、頂上に一軒だけあった屋敷に逃げ込むことになった。その屋敷の主は有能な外科医だが、今は表舞台から手を引いているジョン・S/ゼーヴィア博士。また屋敷にいる人物たちも何かを隠している様子。

 その晩事件が起きる。ザーヴィア博士が胸に二発の銃弾を受け殺害されていた。そしてその死体の手には「スペードの6」が半分に裂かれて握られていた。クイーン警視はこれを「Six」の頭文字を示していると考え、その頭文字を持つ博士夫人を犯人と推測する。

  

【感想】

 目次を見てがっかり。あの「読者への挑戦」の章がない! また、いつも凝って楽しませる章の見出しもない! そして読み始めて残念。「蟹」の表現はあまりにもひどい。クイーンはサーカスの出し物から本作を思いついたようで、その時代を感じられるが、私が本作を手に取ったのはシャム双子について描いた漫画ブラック・ジャックの名作「ふたりのジャン」(この作品は泣ける・・・)を読んだ後なので、ちょっと引いてしまった。そのため初読の印象は非常に悪い。当時は多感な年頃だったのだ(笑)。

 そして事件自体もそれほど引き込まれる謎とは思えなかった(身も蓋(ふた)もない言い方である)。

 胸に二発の銃弾を受けた後、トランプの「6」を取り出す余裕があるのか? 頭文字を考える余裕があるのか? これだけでもダイイングメッセージは、「フェイク」とすぐに想像できよう。エラリーはその裂かれた切れ目や指の形から、カードを裂いた人物は左利きと推理。その場にいた中で唯一の左利きである人物を犯人と推理する。

 しかしその左利きの人物も殺害される。しかも今度は「ダイアのJack」を持って。「ダイアのJack」の特徴は上下2人の王子がくっついているからシャム双生児の一人に違いないとの推理。だがこれも余りにも乱暴な推理。まず物理的にシャム双生児が犯行をできるのか、ついで最初のダイイングメッセージが「フェイク」ならば、今回も「フェイク」の可能性が高いはず。

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 「ギリシア」では、相手が「名犯人」なので犯人の推理が二転三転したが、今回はエラリーが自分で右往左往して迷走しているように感じる。(容疑者が次の被害者になるのも、本作はエラリーの推理する容疑者である)。前年の1932年の傑作群から見ると(前作の「アメリカ」と同様に)、どうしてもランクが落ちるように見える。ここでは探偵エラリーの限界を描くのが目的だったのか。

 但し再読して感じた第1は、名探偵も「偶然」(「神」と言い換えてもいい)には勝てないこと。山火事に巻き込まれて生命の危険に晒されるのも偶然に巻き込まれたためであり、その中で起きる事件もいくつかの偶然が重なっている。そのため「エラリー流プロファイリング」に狂いが生じている。

 第2は、そんな状況の中でも、エラリーはエラリーであることを止めない。極限の状況の中でも頭脳は回転し、論理によって犯人を指摘しようとする。今回の舞台設定は後期の名作「第八の日」を想起される。読者への挑戦」が前年に高みを極めたあと、エラリーの次に歩む道の一つを模索しているように感じてならない。

 

 なお北村薫著「ニッポン硬貨の謎」は、(読者への挑戦がない理由など)この作品を理解する更なる楽しみを提供してもらい、非常に感銘を受けた。(ネタばれだけど)本作品を読んだあとは、ぜひ一読を。