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【あらすじ】
15歳の牧文四郎は剣術を学びながら、隣家の娘ふくに恋心を抱いていた。そんな中突然、父助左衛門が政争に巻込まれて切腹させられる。遺骸を引き取りに言った文四郎が重い荷車に喘いでいると、ふくが駆けよって手助けする。その後文四郎は家禄を28石から7石に減らされ、普請組屋敷から葺屋町の長屋に移される。そしてふくは藩主の正室に奉公するために江戸に向かう。旅立つ直前、ふくは文四郎に会いに来たが、結局会うことはかなわない。
文四郎は剣術修行に邁進し、めきめきと腕が上達する。そして師である石栗弥左衛門が考案した「秘剣村雨」を、唯一の伝承者である加治織部正を通して伝授される。その頃、ふくは藩主の手がついて側室お福となったこと、子を身ごもったが流産したこと、その噂が側室おふねの陰謀らしいことが伝わる。そしてふくが藩主の寵愛を失ったと手紙で知らされる。
【感想】
蝉時雨(しぐれ)とは「たくさんのセミがいっせいに鳴きたてる声を、時雨が降る音にたとえた」夏の季語。冒頭の場面で、隣家に住む12歳のふくが蛇に噛まれる。主人公の文四郎は、噛まれた右手の中指が出血しているのを見て、口をふくんで強く吸う。この少年と少女の情景を飾るのは、にいにい蝉が激しく鳴く声。翌朝文四郎が川に出てふくがいるので声をかけると、ふくは「頬が突然に赤くなり、全身にはじらいのいろがうかぶ」(ひらがなの使いかたが見事)。その途上でも蝉が鳴いている。そして夏祭りの日、文四郎はふくの親に頼まれて、一緒に祭りに出かける。
*非常に印象的な、出血を口で含んで吸うシーン(映画「蝉しぐれ」)
少年と少女の淡い情景は続く。文四郎の父が藩政の派閥抗争に巻込まれ、罪人として切腹を命ぜられてしまう。文四郎と父が最後の対面をした時も「狂ったように鳴き立てる」蝉の音が聞こえる。遺骸を引き取りに来た文四郎が一人で荷車を使って運ぶも、長い距離と重さに耐えかねていたときに、ふくがやってきて黙って荷車を押す。その時も騒然と蝉が鳴いているのが聞こえて来る。
そして秋になり、ふくは江戸屋敷の奥に務めることになったと挨拶に来るが、文四郎は不在だった。慌てて追いかけるが、会えないまま別れとなってしまう。罪を受けて転居した文四郎は、以前住んでいた家とその周囲から、明らかな境界が生れている。
その後、文四郎は周囲の目に晒されながらも、懸命に剣術修行を行うとめきめきと力をつけ、師匠に認められて「秘剣村雨」を伝授され、また派閥抗争の巻き添えとなった父の名誉回復もなされ、家禄が復活し役目も賜わる。妻も娶り、一人前の武士に成長する。
その頃ふくは、殿の「お手つき」となり殿の子を身ごもる。但し側室の野望もあり、流産したと噂を流すような、不安定な立場でもあった。そして今度は、ふくとその子が派閥抗争に巻き込まれる。文四郎はふくとその子を連れて来るように里村家老一派から命じられるが、罠と直感し、反対勢力の横山家老の一派にふくらを連れて逃げ込む。これによって横山一派は抗争に勝ち、文四郎はなおも加増された。
それから20年余が過ぎた。郡奉行に出世した文四郎こと助左衛門。そこに殿が亡くなって1年が経ち、髪を下ろすことを決意したが、その前に文四郎と会いたいと「お福さま」が手紙をよこす。昔話をしつつ過去の思いがお互いに募り、抱き合う二人。あの時に戻れないことを知りつつも、20年以上続いた自分たちの気持ちにけじめをつける儀式。その「けじめ」が終ったあと、お互いの道に戻る二人に、また耳を聾するばかりの蝉の声が包む。
*別れのシーンを演じる市川染五郎(幸四郎)と木村佳乃(映画「蝉しぐれ」)。ドラマでは内野聖陽と水野真紀が演じました。
大人になって聞くと、耳をつんざく「騒音」にしか聞こえない蝉の声。しかし子供の頃は夏休みの象徴でもあり、肌を真っ黒にして遊んだ思い出に溶け込んでいる音。そして文四郎とふくにとっては、戻ることのできない、でも戻りたい気持ちの象徴として、心に封じ込まれている音となっている。
藤沢文学の最高傑作と評される、淡い題名がついた淡い物語。そのBGMとなる「蝉しぐれ」は、井上陽水の「少年時代」を連想させる、ノスタルジックな響きを読み手に与えてくれる(映画の主題歌は、一青窈でした)。
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