小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 たそがれ清兵衛【士道物】(1988)

1 たそがれ清兵衛

 筆頭家老の堀将監は、能登屋と結託して藩政を壟断していた。堀に対立する家老杉山頼母らは、上意討ちを決意して、討手に無形流の達人である井口清兵衛を選出した。ところが清兵衛は、病弱の妻奈美の世話のため、下城の合図と共にそそくさと帰宅することから「たそがれ清兵衛」と陰口をたたかれていた。

 妻の介護を理由に上意討ちを断わった清兵衛だが、妻の療治への援助の約束と、決行は妻を介護した後でよいという条件を示され、ついに上意討ちを引き受ける。

 現代で言うところの「ライフワークバランス」か。妻への強い愛情の説明はないが、最後の会話で夫婦の絆の強さが浮かび上がります。

  

 *2002年制作の映画「たそがれ清兵衛」で主役を演じた真田広之山田洋次監督が、初時代劇でリアリズムを追求した傑作でした。ここから藤沢周平作品が立て続けに映画化されます。

 

2 うらなり与右衛門

 三栗与右衛門は無外流道場の高弟という腕前だが、顔が青白くて細長いことから、陰で「うらなり」と呼ばれて軽んじられていた。ある時与右衛門は罠に嵌まり、20日の遠慮処分が下され、その間に与右衛門が護衛するはずだった家老長谷川志摩が襲われ、与右衛門の親友中川助蔵が命を落としてしまう。

 助かった家老の長谷川志摩が権力と掌握して反対派は処分されるが、助蔵が命を落とした襲撃については沙汰止みとなってしまう。ある日与右衛門がその実行犯と対峙する。

 日頃軽んじられても、自分に自信をもっていればいちいち言い訳はしない。必要な時に必要なだけ実力を発揮すればいいこと。

 

3 ごますり甚内

 川波甚内は、かつて雲弘流の師範代を務め、六葉剣という短刀術を授けられた腕の立つ剣士。しかし舅が不正に関わったことによる5石の減知を回復しようと、甚内は上役にごまをすって回っている。その甲斐あってか、家老の栗田兵部が甚内に禄の回復を約束してくれる。

 条件として、ある女に金と思われる包みを届け、代わりに手紙か書類のようなものを受け取るという任務を仰せつかった。その帰り道、甚内を3人の刺客が襲ってきたが、甚内は3人に手傷を負わせて撃退した。

 ごまはするが、筋の通らない仕打ちに対しては断固とした措置を取る。それを周囲に広めようとは思わない。

 

4 ど忘れ万六

 物忘れがひどく職務で失態を犯した樋口万六は、家督を息子の参之助に譲って隠居生活を送っていた。息子の嫁の亀代は美人で料理上手だったが、万六のことを軽んじている。ところがその亀代が突然万六の前で涙を見せた。

 聞けば、亀代はかつて隣人の片岡文之進と再会し、茶屋から出てきたところを大場庄五郎に見とがめられ、世間にばらされたくなければ一度言うことを聞け、と大場から脅されているという。若い頃の万六は、林崎夢想流を極めた居合技の名手であった

 会話で固有名詞がなかなか出てこないのは、皆が経験するもの。それでも「昔取った杵柄」は身体が覚えている。

 

5 だんまり弥助

 杉内弥助は、若い頃は今枝流の剣士として知られていたが、現在は極端な無口だった。そのわけは15年前茶屋から出てきた従妹の美根に声をかけたが、その茶屋は男女が密会するところであり、美根はそれを恥じて自害してしまった経験からくるものだった。

 そして時は流れ、権力闘争で暗躍していた弥助の友達の金八が命を奪われる。斬ったのは、以前従妹の美根を騙して死に追いやった服部邦之助だった。

 男が口を開くのは、言葉が必要になった時だけでいい。あとは自分の行動が全てを語ってくれる。

 

6 かが泣き半平

「かが泣き」というのは、わずかな苦痛を大げさに言い立てることで、鏑木半平はこのかが泣きの人物であった。しかし同僚も妻も、半平のかが泣きには慣れっこになっていて、まともに相手をしてくれない。ところが真剣に受け止めてくれる後家が現れて、そのままいい関係になってしまう。

 ある日家老から呼び出されて、藩士を秘密裏に暗殺する役割を命じられた。「かが泣き」で辞退するも、後家との不始末を指摘され、断れなくなった。

 江戸時代の「狼少年」の逸話か。唯一信用してもらった後家のために窮地に陥るが、「オチ」もまたシュールになっている。

 

7 日和見与次郎

 藤江与次郎の父は、藩の派閥抗争に敗れたため家禄を半減され、失意の中で死んだ。そこで与次郎は、現在暗闘を繰り返している丹羽派からも畑中派からも距離を取り、日和見与次郎と呼ばれている。

 そんな折、対立する二派の改革案について、藩主から従妹の夫に意見具申をするよう求められと、従妹の家族は下男1人を除いて全員斬殺される。政争は決着がついたが、粛清された派の真の盟主は巧妙に名を隠していたため、ただ1人処分を受けなかった。

 中立を貫くのは厳しい。自己に自信と責任がなければ貫けない。そして与次郎は自己の責任を最後に全うする。

 

8 祝い人助八

 御蔵役の伊部助八は妻を亡くしてから身なりがみすぼらしく、御蔵を視察に来た藩主から、直接身なりや臭いを注意されるという失態を演じた。以来、物乞いを意味する「祝い人(ほいと)」と呼ばれていた。

 親友の妹、波津の夫が暴力をふるうため離縁させるも夫は承服せず、親友に果し合いを申し込んだが、助八が代理を申し出て、叩きのめした。その闘いが評価されて、後に立てこもりの討手に選ばれてしまう。身支度をするために、助八は波津を呼び出した。

 映画「たそがれ清兵衛」の一部は本作から。あだ名と身なりはひどいが、心はまっすぐ。

 

*「たそがれ清兵衛」で波津(映画では「朋江」)役を演じた宮沢りえ