小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 風の果て【士道物】(1985)

【あらすじ】

 上村隼太と名乗った部屋住みの身分から、異例の出世を遂げた家老の桑山又左衛門。政敵杉山忠兵衛を政争で下し藩政の実権を握った後に、旧友の野瀬市之丞から果たし状が届いた。野瀬も杉山も、かつては片貝道場で研鑽した5人の仲間であった。身分が高く嫡男の忠兵衛を除き、他の4人は部屋住みの身分で婿の話を待つ身であった。その一人で養子に入り着々と出世した又左衛門は、野瀬が果たし合いを望んだ意味を慮りながら、若いころから今に至るまでの長い道のりを思い起した。

 

 当時の仲間たちも様々な人生を歩むが、年を重ねて様々な終着点を迎えるところだった。

 

 

 *ドラマで主人公たちを演じた佐藤浩市遠藤憲一仲村トオル、野添義弘(NHK)

 

【感想】

 1,000石の上士で、家老職も務める家の嫡男杉山忠兵衛を除いて、残る4人は少禄でかつ次男、三男で家督を継ぐ資格がなく、婿養子に行かなければ、いずれ長男の子供が家督を継いで「厄介叔父」と言われる立場になる。婿養子になるためには学問か武芸、もしくは両方に秀でて「父親」から声がかかるのを待つしかない。嫡子単独相続の当時では当たり前だが、現代では想像できない話。それでも金持ちの子供、美貌に生れた男女、頭脳や体力に優れたDNAを受け継いだ者など、上を見ればきりがない思いはある。江戸時代は人々の「分限」が現代に比べて際立って存在していて、分限に翻弄される者、分限の中で慎ましく生きる者などが描きやすかったのか、と思いを巡らす。

 剣術道場で研鑽を励んでいた5人組だが、1人また1人と人生の「選択」が行われる。いち早く婿に入った一蔵だが、妻の浮気癖が直らずその相手を斬って逃走する身に追い込まれる。その一蔵の追手となった市之丞は、昔から剣の腕は一歩長じていたが、「邪険」と言われる癖がある剣筋を使っていた。剣筋に似て世間を斜めから見る癖があり、養子に入らず、自分が討った一蔵の妻と一緒に暮すなどして、アウトロー的な生き方をしている。

 物語は隼太こと桑山又左衛門を中心に進む。他の藩と同様に資金に窮して借金に喘ぐ藩財政。領内に残る荒れ地の太蔵が原を開拓し、農地に転用して増収を見込みたいが、荒れた大地は簡単に開拓することを許さない。平坦な台地と見えるが、なだらかな上り坂となっていて、奥に入ると立ち枯れの木が徐々に増えていく。「賽の河原」と呼ばれる、人知の入り込む隙のない大地。高台にあり治水もままならない。

 藩は1度人力で開拓を試みるも、死者を出すほどの失敗を見る。対して又左衛門は治水の専門家を呼んで設計図をひいてもらい、莫大な資金は領内の豪商に用立てて貰い、開拓を進め成功する。執政にまで登り詰めた後、家老でかつての仲間であった忠兵衛を政争で下して、藩の実権を握ることに成功する。

 そこで市之丞から果たし状が来る。市之丞は家を成すでもなく、元々裕福であった忠兵衛から「影扶持」を貰って、忠兵衛の「裏工作」によって生計を立てていた疑いがある。その忠兵衛を追い落とした、自分に対する恨みからの果たし状と勘ぐる又左衛門。だがかつては剣に覚えがあった市之丞だが、既に死病に冒されていて剣を満足に振るうことができない状態だった。それでも決闘を求める市之丞。

 決闘が終り、又左衛門が最後に残った庄六に会いに行く。家老として権力を差配することにやりがいを感じていた又左衛門だったが、さすがに後味が悪かった。「庄六、おれは貴様がうらやましい」と語る又左衛門。対して庄六は不意に突き放すように言う。普請組も命がけの仕事であり「うらやましいだと? バカを言ってもらっては困る」と返す。この台詞は藤沢周平でなければ出てこない。

 

 

 *主人公の若い頃を演じたのは、福士誠治斎藤工、杉山俊介、高岡蒼甫ら(NHK)

 

 本作品は江戸時代を舞台とした「青春小説」に見える。かつては仲間だった5人が、様々な選択を迫られる。それは、大人になるためにそれ以外の可能性を潰すことを意味する。一度行った選択をやり直すことができない中で、5人それぞれが運命に翻弄される。主人公の又左衛門は、最初は地方回りを繰り返して出世し、実力者として権勢を振るう「快感」も味わっている。

 太蔵が原の開拓も本来は藩の力で行うべきものだが、資金難から次善の策と言える領内の豪商の力を借りて行う判断をする。開拓は成功したかに見えたが、利益のほとんどは豪商に持って行かれて、藩への利益の寄与を期待ほど大きくなく、藩財政を回復するには至らなかった。

 本作品で最初から大きな存在感を持つ荒れ地の太蔵が原。台地の入り口は紅葉と緑の葉が美しく、穏やかに見える。しかし奥に入ると、白骨のように白い立ち枯れの木が群れをなる「賽の河原」に様相が一変する。藩の財政が窮乏する中で、藩の人々を誘い込んでは失脚させてきた存在。そして開拓に成功しても、それほどに結果をもたらさなかった。

 荒れた台地の存在そのもので充分な重みがあり、これ以上掘り下げる必要はないかもしれない。但しこの荒れた台地によって、「青春」を共に過ごした5人の、運命に翻弄された。

 この荒れ地と、不合理とも言える「武士階級」の仕組みと重ねる思いを、抑えることができない

 

*若い時は仲良しだった5人組が、段々と敵対する話となると、こちらを思い出します。

 

 

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