十日間の不思議〔新訳版〕【電子書籍】[ エラリイ クイーン ]
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【あらすじ】
10年ほど前、ドイツ軍に占領される前のパリで三週間ほど一緒に過ごした旧友のハワードが、突然エラリーを訪ねて来る。たびたび記憶を失う症状に苦しんでいるハワードは、記憶のない間に自分が何かとんでもないこと(例えば殺人のような犯罪)をしでかしているのではないかとエラリーに相談する。そして、家に来て、自分を監視して欲しいとエラリーに訴える。
ハワードの家がどこか尋ねると、ライツヴィルとの答え。エラリーはライツヴィルに3度目の訪問を決意する。
【感想】
「災厄の町」「フォックス家の殺人」に次ぐ、ライツヴィルを舞台にした第3作。
登場人物は驚くほど少なく、まるで舞台を見ているかのよう。エラリーの旧友ハワード(しかし、エラリーの旧友ときたら、フランス、オランダ、中途の家など、事件を呼び込む役割ばかり・・・)。貧しい育ちから実業家として成功し、富豪になったハワードの父ディードリッチと、その若き妻サリー。ディードリッチの仕事を手伝うおじオルファートが同居家族。 ディードリッチはハワードお実の父ではない。まだ赤ん坊の頃にディードリッチの門前に捨てられていたハワードは、養子にあたる。捨て子の自分を広い、何不自由なく育ててくれた「父」に対し、多大な恩義を感じているハワード。
一方で、ハワードには義母にあたるサリーもまた、ディードリッチに「拾われた子ども」だった。ディードリッチの援助で教育を受け、ディードリッチ好みの女性として育ち、そして結婚する。
血の繋がらない美しく若い「母」と「息子」。2人は過ちを犯し、エラリーがライツヴィルに到着する前日、謎の脅迫者から2万5千ドルを要求されてしまう。ハワードがサリーに送った手紙を、そのしまった宝石箱ごと盗まれたのが原因らしい。本当はディードリッチに正直に話すべきと思うが、遠慮と忖度で言い出せない2人。そしてディードリッチは全てを見透かしているような印象も。
事件は8日目に発生し、9日目に解決する。但し解決から「1年後」の10日目、真実がエラリーに牙を剥く。エラリーの「弱点」を研究し、事件に利用しつくした真犯人。それを知らずに、事件を解決したと意気揚々とするエラリーの、冷水を浴びせられたかの心境は想像するに余りある。
「第2の故郷」として大切にしてきたライツヴィルの「裏の顔」。表面上は愛想がいいが、新参者には排他的な、もう一つの顔。この物語に深くかかわる「十戒」とシンクロし、この事件で探偵としての限界を感じたエラリー。決着の仕方も探偵としての「矜持」を放棄したかのよう。心に深い傷を負い、「今後、決して2度と事件には関係しないつもりです」と宣言することになる。
「神の目」を持っていたエラリーの、余りにも悲しい「人間宣言」。ライツヴィルで見せる人間模様の2面性が、今まで容疑者を「属性」として扱ってきたエラリーを苦しめる。
作者クイーンは、容疑者に向けていた先鋭的な推理が主人公の内面に向かったとき、その「推理」がいかに危険で脆いものかを感じていたかのよう。そのためこの時期、作者「エラリー・クイーン」は、主人公に「エラリー・クイーン」を設定したことを後悔していたのではないか。
この物語を書くために、ライツヴィルという町を設定したように思えてならない。