小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4-1 竜は動かず 奥羽越列藩同盟顚末 ① 上田 秀人(2016)

【あらすじ】

 幕末の仙台藩に微禄藩士の末子に生まれた玉虫左太夫。向学の思い断ちがたく、妻に先立たれたのを機に、娘を残して江戸に出奔する。儒学者林復斎の下男になると、向学心を認められて学問の機会に恵まれた。時の最高学府である昌平坂学問所の入校を許されると、すぐに頭角を現して塾長になる。そこから国学で全国的に尊敬を集め、仙台藩でも教えている大槻磐渓との知遇を得ることができた。

 

 黒船が来航し、天下は揺れていた。玉虫は大槻から仙台藩の先達、林子平が著わした禁書「海国兵談」を読むことが許された。玉虫は強い衝撃を受け、林復斎の推薦を得ると蝦夷まで探索して、北方の実情を己の目で見る。列強が迫るなか日本はどうあるべきか考え、次はアメリカを直接見聞したい欲求が生れる。ちょうど日米修好条約の批准のために、アメリカに渡航する従者を求めていたことを聞きつけ、玉虫は使節団正使の新見豊前に同行することに成功した。

 

 同じ時期、独力でアメリ渡航を目論んでいた、軍艦操練所教授方頭取勝海舟とも対面する。勝は独力で渡米するのは、日本が列強と対等に付き合うことだと怪気炎を上げるが、サンフランシスコで再会すると、操艦術からして日米で大きな差があると打ちのめされていた。そのまま日本に戻る勝からワシントンに向かう玉虫に、世界の全てを見るように託される。

 

 アメリカと日本の国力の差は想像以上に大きかった。日本に来航した黒船は4隻だったが、サンフランシスコだけで何百もの「黒船」があり、全国には同じ規模の港が何十もあるという。列車を初め産業技術も天地の差があるが、何よりも女性が普通に教育を受けて、国の担い手となっていることに驚かされる。しかしアメリカの暗部である奴隷制度、そしてハワイでも見た植民地の存在は、帰路アフリカ経由の航路を辿ることで嫌というほど見せつけられ、英仏を中心とした列強の植民地支配を肌身に感じる。

 

  *玉虫左大夫(ウィキペディア

 

 帰国した玉虫は林復斎や大槻磐渓に見聞を報告すると、認められて大槻磐渓の推薦で故郷仙台藩に帰参することになる。しかし仙台藩は雄藩だけあって、家臣団の相克が激しく、また上下関係も厳しいために、微禄で一度は出奔した玉虫に対する目は冷たかった。しかし藩主伊達義邦は玉虫の存在に興味を持ち、当時混迷を極めていた京の事情を、世界を見た目で報告するように命じられる。

 

 上洛して状況を見る仕事には勇躍するも伝手はない。そこでアメリ渡航の際に面識を得た勝海舟に相談すると、2人の人物を紹介してもらった。1人は当時政事総裁職に命じられた、英邁で知られる越前藩主松平春嶽。もう1人は西国の勤皇藩士との交流が深い土佐脱藩浪人の坂本龍馬だった。

 

 坂本龍馬は子供のように好奇心旺盛な若者で、武士のしがらみから抜け出して、自分の思い通りに行動する人物だった。玉虫がアメリカに行ったことを知ると、相手の都合も考えずに話を聞こうとする。そんな龍馬に対して迷惑ながらも好感を抱いた玉虫は、坂本と京で落ち合う約束をする。

 

 

 

【感想】

 仙台藩を舞台とした幕末の物語は新鮮だった。それまでは西国の勤王藩から見た知識だったため、仙台藩は「何となく」戊辰戦争で官軍に抵抗するも腰が定まらずに、会津のような徹底抗戦もせずに白旗を揚げた、そんな印象だった。そして玉虫左太夫の存在は、本作品を読むまで知らなかった。

 恵まれない微禄の、しかも末子として生まれた左太夫だが、出奔して江戸に出て「天下一の学者」林復斎に見出されてからは、恵まれた人生のコースに乗ったイメージがある。林復斎大槻磐渓という当時双璧ともいえる国学の権威者から認められて、玉虫の希望を後押しする。

 アメリ渡航も、正使の新見豊前守の従者に潜り込んで随行するが、その縁で勝海舟に知り合う。但し渡米において勝海舟は別の経路で、玉虫と同じ航路には小栗忠順ジョン・万次郎などがいたが、本作品では交流の様子を触れておらず、後の政治的方向性を予感させる。

 

  大槻磐渓ウィキペディア

 

 玉虫は綿密な記録を行って仙台藩に「航米日誌」として献上し、子孫が「仙台藩士幕末世界一周」と名付けて出版している。勝海舟とは違い太平洋横断から列車でワシントンに行き、喜望峰経由で帰国して「世界一周」を成し遂げている。その中で水が乏しくなり渇きに皆が苦しむ中、ビールをふるまわれたとして、キリンホールディングスのホームページに紹介されているのが可笑しい。

 帰国後「母国」の仙台藩に帰参したのが運命の分かれ道。本来はその能力と経験から、他藩から高録で召し抱えられたり、幕府の直臣になる可能性もあった。恩師大槻磐渓の勧めもあり仙台藩に帰参するも、元々の身分である微禄の藩士の末子の立場がつきまとい、大禄の家臣が多い仙台藩では軽んじられてしまう。これは司馬遼太郎の名作「花神」の主人公、大村益次郎幕臣から郷土の長州藩に帰参する状況と似ている。

 大村益次郎は帰参後は長らく不遇だったが、間もなく長州藩が幕府や列強を相手に戦争を始めたことで、洋式軍事の知識を武器に活躍する舞台に恵まれる。一方仙台藩は天下の情勢から遠く、また家臣団では「守旧派」の勢力が強いため、維新前夜でも眠ったまま。玉虫は優れた学識と問題意識は有するが、それを生かす出番は与えられない

 

 

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